[携帯モード] [URL送信]

中編
◇さようなら、片想い。
 

 きっと、いつも一人で泣かせた。
 毎日とは言わないが、想いだけが渦巻いて何も伝えられない苦しさに、彼は中学の三年間を浸していたのだと思うと、自分の無力さや愛しさ、小心さに呆れた。


 なんでもっと早く気付かなかったのか。
 なんでもっと関わらなかったのか。
 あの距離で、関係で、満足していた自分をぶん殴ってやりたくなった。


 だけど、悪いことばかりではない。
 あの時から気づいて付き合いがあったなら、子供であることや、無知、不器用さのせいで、壊れてしまっていたかもしれない。

 そう思うと、忘れていなかった片想いに、溜まっていた愛情が、あの時とは違ってはっきりと姿を形作り揺るがない確かなものになった今はそれが幸運だと感じる。


 片想いは所詮片想いでしかないのだと諦めたあの時と、今は違う。
 片想いでは終わらせない事が出来る。


 目の前で静かに泣く彼を、今度はそばにいて抱き締める事が出来るのだ。
 これほどまでの幸福が、今まであっただろうか。
 人生の幸運を使い果たすほどに、これは大きな幸せなのだと思うしかないじゃないか。



「いっぱい泣け。これからはそばにいる」
「、ふ…っ、う、うー…」



 頬に添えた手が温かい涙で濡れる。
 沢山、沢山泣いて良い。ぶつけていい。全部受け止める。受け止めて、包んで、安心させたいんだ。


 彼の涙が溢れると一緒に、想いが溢れてくる。
 もう我慢しなくていいのだと。
 怯えなくていいのだと。

 忘れようとしなくていいのだと。











「……すみません」
「目が真っ赤。ちょっと冷やせ」
「ありがとう」



 それから十分ほど、彼は泣き続け、俺は顔や頭をひたすら撫で続けた。
 触れられることの嬉しさが止まらなくて、今でも髪を触っているくらいに。

 濡らしたタオルで目を覆っている姿を見つめながら、ふわふわの髪を弄る。このまま首筋や背中まで直接触りたいが、今は、我慢だ。



「ほんと可愛いな」
「さっきからそればっかり…26にもなって可愛いとか…」
「外見もだけど中身のがもっと」
「言わんでいい」



 被せるように放たれた突っ込みに思わず笑うと、足を叩かれた。
 耳まで真っ赤なのが照れ隠しだと分かる。ほんと可愛いやつ。



「…正樹」



 何となく、名前を呼んだ。

 すると盛大に体が跳ね、タオルが落ち、驚愕の表情をして彼は俺を見た。
 魚のように開閉する口に、林檎のように赤い顔。煙りでも出そうだ。



「同性の内縁ってのも、悪くないよな」
「…ふへ?」



 驚愕から呆気。その変化にまた笑う。

 はっきり言えばいいのに、なんというか、この歳になって恥ずかしくなる。
 まったく、ガキじゃねぇんだから…。


 照れを笑いで隠して、両手で彼の顔を挟んだ。相変わらず目が挙動不審だ。
 可笑しくて、愛しくて、幸せな気持ち。
 それを与えてくれるのは彼だけなのだ。



 だから。



「片想いは終わり。───俺の恋人になってくれ」

「───…」



 合わさる視線。
 きれいな目から再び伝い落ちた涙。

 頬に触れた手に、彼の手が重なる。
 ゆっくり閉じて再び開いた目は、もう揺れてはいなかった。



「───喜んで」



 はにかむその表情は、きっと一生忘れないだろう。
 十年越しの想いが形を変えて濃さを変えてそこにいた。



 さようなら、片想い。
 もう二度と出会うことはない。



 

[*←][→#]

33/36ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!