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中編
◆時を経ても焦がれる。
 

 映画に見いってしまうのは事実だけれど、思い人が間近に居るのだと思い出すとその集中力が途切れてしまう。
 ちら、と隣を横目で伺うと、彼は真っ直ぐ画面を見つめている。ソファに身を沈め、背もたれに寄りかかりながらも時折コーヒーを口にする。


 その液体を嚥下する度に動く喉仏や、顎のライン、首筋から鎖骨にかけて、目が離せなくなる。
 映画は気になるのに目にはいる映像も途切れ途切れで、時々台詞も頭に入ってこない。


 息が苦しくなる。
 吐き出されるはずの二酸化炭素が詰まって、か細く流れていくだけのようにぐっと呼吸が遮断さる感覚に陥った。
 彼の首筋を見ているだけでそんな風になるなんてどうかしてる。


 けれど、どうかしてる、という思いすら、愛しさと同じくらいにじわじわと全身を駆ける愛情なのかもしれない。



「…なあに?」
「っ!?」



 ぼんやりと眺めていると、彼は画面から目をそらすことなくおどけたように言ってきて体が跳ねた。
 笑いを堪えるように肩を揺らす彼は、流し目をよこし、口元はにやにやとしている。



「いや、あの…」
「そんな見つめられたら首筋に穴あくぞ。あと照れる」
「…っごめん」



 首筋を見ていたのを、ピンポイントで気づかれるとは。それほど突き刺さるような目を向けていたのだろうか。
 照れる、という言葉に俺も自分の行動が改めて恥ずかしくなって、慌てて目をそらした。



「可愛いやつ」
「……倉科さんって目が悪いんですね」
「然り気無く酷いこと言うよな」
「正直なもので」



 単なる照れ隠しだけれど。
 居たたまれなくなって膝を抱えて画面に目を向けると、カップを置いた音がする。

 ───と、次の瞬間に突然横から押すような衝撃がきて、不意なそれにそのまま体が傾いてしまった。
 え、なに。と思ったのもつかの間、横向きの視界に影が出来て、咄嗟に顔を向けて───ひゅっと喉が鳴った。



「無防備とか、ほんと可愛いな」
「え、ちょ……、え!?」



 あの、同窓会のトイレ事件(?)の時と同じ距離で、しかも今度は寝た状態で、その端正な顔が目の前にあった。
 いたずらが成功したような無邪気な笑みの中に大人の雰囲気はどこか違和感があったけれど、でも、その雰囲気がとてつもない攻撃力を持っている。


 ソファに体が沈む。体は横向き、顔は天井を向いて、そこから身動きすら取れず呼吸するのが精一杯だ。
 一瞬にして動悸が酷くなって、手に力が入る。



「そう堅くなるなよ、なにもしないから」
「……もうしてる」
「これは論外」



 なんという俺様具合か。
 けれど、なにもしない、という言葉に、安心よりも落胆の方が大きかったことにちょっとショックだった。
 何かしてほしかったのか、俺は。
 そう思うと一気に羞恥が襲い、だんだん顔に熱が集まっていく。
 咄嗟に顔を横に向けて腕で隠したら、上からかすかな笑い声が。



「なに考えた?期待した?」
「……っどいてください」
「やだ。 腕、邪魔」
「ちょ…っ」



 腕を捕まれて、ソファに押し付けられたせいで体ごと動かざるを得なくなり、真っ正面からまた顔を見てしまい、もうどうしたらいいのか分からなくなった。



「本気で嫌なら突き飛ばせば?」
「……っ、」



 意地が悪い。
 この人はちゃんと分かっている。分かっていて言っているんだ。そりゃそうだ。ちょっと前に告白しているのだから、突き飛ばせないことは分かっていて、真面目な顔で言うのだ。


 なんなんだ。
 はっきりしないくせに。
 自分も、彼も。



「……お前のことよく泣かせるな、俺」
「───…え」



 目を細めた彼の言葉で、目尻から伝った水気に初めて気づく。
 よく泣かせるなって、どういうことか。
 彼の前で泣いたのは、さっきと含めて二回だけなのに。

 彼は俺の手を押さえていた方の指で水分を拭うと、まるで自嘲するように笑った。



「中学の時だって、たくさん泣いたろ」
「……っ!!」



 なぜ、そう思ったのか。
 きっと、報われないであろう片想いに嘆いて泣いたと思ったのだ。
 暖かく優しい手は、頬に触れ、親指が撫でる。その動きに、切ない苦しさに、涙が止まらなくなった。



 

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