中編
◇時間の壁。
仕事を追えて佐東と開催場所である居酒屋に着いたのは、開始予定時間から30分程過ぎてからだった。
催促のメールはいくつかあったが、三回目からは無視している。正直ちょっと煩わしい。
「何階だっけ?」
「三階」
エレベーターに乗り込み三階のボタンを押しながら答える。
連休前日の夜とあって、居酒屋に入っていくサラリーマンの姿がよく目立つ。自分もその中の一人だと思うと歳をくったな、としみじみ思う。
緊張からくる早い鼓動を悟られないようにと、仕事のスイッチは入れっぱなしだ。
来ていたとしても、俺は彼に近付けるだろうかというような考えばかりが浮かんでは消えていく。
店に入り、店員に同窓会参加者だと伝えると愛想良く案内してくれた。
自分もそう歳ではないくせに、最近の若いのは中々愛想が悪いと思い込んでいる辺り、複雑な気持ちになる。
店内で一際賑かな場所に近付くと、そこは仕切りで孤立させた座敷になっていて、沢山の革靴やヒールなどが縁側の下に並べられていた。
「後ほどお飲み物をお伺いに参りますので」
「いや、今、生中でお願いできますか?」
「俺もー」
靴を脱ぎながら言うと、一度店員は驚いたものの快く受けてくれる。
ありがとうございます、と言葉を受け取り、一足早く襖に手をかけた佐東を横目に動揺を深呼吸で落ち着かせた。
開かれた襖から、あふれでてくる賑わいが一瞬静まり、佐東と俺だと分かると高らかに声が上がる。
久しぶり、や、変わらないな、だとか言葉は良くあるものだったが、見た目はそれぞれ変わっている奴と変わらない奴がいるものだ。
特に女の変わり様は凄いと、改めて思う。
「倉科くん久しぶり!一段とかっこよくなっちゃってー」
「久しぶり…、そっちは綺麗になったな」
食い気味な声に戸惑いながらも返すと、やだー、と高らかに相手は笑った。
努力の結晶だな、と感心しても、意識が散漫になっている事を自覚する。
懐かしい顔触れに囲まれ、似たような言葉を掛けられそれに返すを繰り返し、ふと視線を遠くへやった時だった。
「───…っ」
ドクリ、と一際波打った鼓動。
一瞬にして自分の意識を持っていってしまった、見慣れてきたスーツを纏う男と、目があった気がした。
「ユキ?」
「───ああ、なんだ?」
「ボケッとしてたから」
横にいた元クラスメイトの男に声を掛けられて我に返る。
何でもないと笑い、横目でまた視線をやると、須藤の横顔に再び目を奪われた。
それは見たことがない穏やかな笑顔で。
その向かいで同じように笑う見覚えのある奴に、俺は自分が明らかな嫉妬を抱いている事を知った。
自分の浅はかな想像が浮かび、目をそらす事でそれを消す。
周りに居る奴等が皆、同じような恋愛感情を持ち合わせているわけではない。
けれど疑問はあった。
中学の時にあんな風に仲が良い雰囲気は見たことがない。高校は遠くに行ったと聞いていたし、二人に接点はあったのだろうか。
考えれば考えるほど、鳩尾が重くなっていく。
「…ちょっとトイレに」
そう言い残して逃げるように、いや、俺はそこから、足早に逃げた。
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