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中編
◆それでも心底にあるのは。
 

 滞りなく仕事も片付き、何度か合同会議兼食事会が行われて早一月弱。
 企画の件も、もう煮詰まっている状態だ。仕事面ではなんとも喜ばしい限り。
 ただ個人的な面では、少し寂しくもあった。定期的に顔を合わせ、佐久間課長経由でプライベートな話を滑り込ませてはいたが、個人的な話はしていない。
 そんなに必要なものでもないかもしれないが、どうにも自分の本心は、近付きたいという想いを隠せないらしい。


 腹をくくるか、と本心への抵抗を諦めたのはいつだったか。
 倉科幸宏を好きだという、過去とは違う穏やかさと確実さをもったその恋心は、慕うというよりも、新たなそれだと思える。



 中学の同窓会開催は、駅近くの居酒屋チェーン店で行われる。
 高校はその先を行った少し奥まった所にある、駅前の居酒屋よりは展開されていないがそこも居酒屋のチェーン店。
 居酒屋の梯子だな、と啓介は笑ったが、二次会だと思えば良いと俺は返した。


 お互いに仕事を終え、一度帰宅すると間に合わないということで直接駅前に待ち合わせして、空いている中途半端な時間は啓介の一服に付き合う形で潰す事になった。


 ロータリーにある喫煙所には何人か居たが、タバコを灰皿に落とすと足早に去っていく。
 帰りもゆっくり出来ないんだなあ、とそれを見ながら観察する。



「正樹、お前頭になんか付いてる」
「え、ホコリ?」



 唐突な啓介の言葉に、ぱっと手が髪に触れ、梳くようにその何かを取ろうと動かす。

 啓介は紫煙を吐きながら俺の頭を見て、なにが面白いのか笑っている。



「なに、どこ?落ちた?」
「全然」
「どこだよ」
「ちょっと来いよ」
「煙たいんだけど」
「落ちてないぞ」
「場所を言ってよ」
「ここ」



 言いながら啓介はタバコを近付けないようにしながら、反対の手を俺の髪に伸ばし、俺の手があるその横を摘まんで滑らせた。

 顔に髪が掛かったが、そのまま啓介の手を見るとそこには糸屑が揺れている。



「ありがとう。いつ付いたんだろ」
「会った時には気づかなかったなあ」



 糸屑を落とした啓介は灰皿の方へ行き、それを見送りながら糸屑が付いた理由を考えた。
 自分のだろうか、とスーツを見ても、汚れはない。
 風に乗ってきたのかな、なんで俺の頭に、ともう一度全体を梳きながら、啓介が戻ってくるのを待った。



 良い時間潰しになったな、と啓介は言ったので時計を見ると、開始予定の18時になる10分前を指している。



「すぐだし、ゆっくり行こう」
「うん」



 並んで歩き出し、久しぶりにこういう風に歩いたな、と懐かしい気持ちになった。
 学生から社会人というものに落ち着いて、たった四年そこらだけれど、遊ぶという事が殆ど無くなってしまうと随分懐かしく思えるらしい。


 高校の同窓会の幹事には前もって連絡をしておいて、啓介の用事が済み次第移動する事になっている。
 はっきり言えば、俺には、中学の思い入れの殆どがあの誰にも言えない気持ちだけなのだ。
 それを抜きにしてしまえば、中学は思い出と言えるものがないに等しい。



 幾つかの居酒屋が入っているビルのエレベーターで三階の店へ上がり、扉が開くと、早い時間ながら薄暗い店内は賑わいの声で満たされているようだった。
 店員に幹事の名と同窓会参加者であることを告げる啓介を横目に、連休だからかと一人納得した。


 

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