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中編
03
 


 振り返りかけたカメはその挙動に硬直して、顔だけは湯気が上がりそうなほど真っ赤だった。大丈夫かあいつ。
 なんだこの状況は、と笑いを堪えていたが、宇佐見の一言で崩れた。


「だめ。俺のだから」
「ぶはっ」
「え、ええ!?」
「っゆーうーやァァ!!」


 カメの混乱が明らかで、大森の叫びも虚しく誰にも届いてない。
 挙動不審になっているカメは何を言われているのか理解が追い付いていないようだ。


「宇佐見、はっきり言ってやんねぇと。カメ、挙動不審になってんぞ」


 ため息混じりに言うと、宇佐見は抱き締める力を強めたのか更にカメが慌て出している。
 小さく口を開いた宇佐見はそのままカメの耳元で「好き」とはっきり言った。
 目を見開いた後に眉を寄せて涙目になったカメは、震えた声で宇佐見を呼ぶが、名前で呼んでと要求してカメを「春」と呼んだ宇佐見に、カメは小さく応えた。

 嬉しさで泣き出した幼馴染みから目をそらし、テーブルに座り込んだ大森の肩を叩く。


「残念だったな、大森」
「うっせえよ。でも照れたカメちゃん可愛い」
「……変態」
「だまれむっつり」
「はいはい」


 むくれながらも俺を見た大森は、どこか様子を伺っているようだった。
 俺がずっと隠している気持ちを知っているからだとは思うけど、お前にだけは心配されたくはないと無言で額を叩いてやった。








「───…まだ顔あっつい」


 その日の帰り道、カメは手で顔を仰ぎながら言った。
 火照りの残った頬は寒さよりも熱さで赤らんで、気持ちの整理はまだついてないのか実感が沸かないと落ち着きがない。


「あ〜…もうワケわかんないよー…夢じゃないよね…!?」
「夢じゃねぇよ」


 頬をつねるカメの額に指を弾き当てると、「いたい」なんて言いながらも表情がだらしない。

 見上げた空は暗く、息は外気で白くなって消えた。


「……今日どうすんの」
「眠れそうにないからそっち行くわ」
「遠足前の小学生か」
「だって〜」
「わかったわかった」


 ばしばし背中を叩いてくるカメの喜びや夢現具合などの浮かれた心が感じられる。
 今までの不安とかの暗い表情は姿を消して、思い出して照れたり笑ったりするその表情を見ては自然と笑みが浮かんだ。
 ずっとチクチクしている痛みは無視した。




 夕食を終えて布団に転がったカメは枕を抱えてゴロゴロと鬱陶しいが、それだけコイツにとって今日の出来事は幸福なんだろう。
 興奮気味に喋るカメが深く息を吐き出して、俺に向かって綺麗な笑顔で「ありがとう」と言った。
 デスクチェアからそれを眺め、チェアを転がして近付きふわふわな髪を混ぜるように撫でるとカメは驚いたように声を上げた。


「……、良かったな」
「───…うん、」


 頭を俯かせたまま言うと、カメは赤らんだ顔で笑った。


 内心ぐるぐると渦巻いた息苦しさで吐きそうになっている俺を見たってカメは気付かないけれど、今は目を合わせる気になれなかった。


 


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