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中編
02
 


 ぼんやりと前方を眺めるカメは周りの音が聞こえていない様子だった。呆けているように見えて、眉が寄り、その瞳は真っ直ぐ宇佐見を捉えている。
 このままにしてたら泣きそうな表情だった。


「……カメ?」
「───…っ、あ、わりぃ」


 ぱっと俺を見たカメはしかし、咄嗟に作った笑みを失敗していた。
 俺にそんな笑顔向けんな。抱き締めて視界を遮りたくなる。


「行くぞ」
「……ん、」



 肩を叩くとカメは緩慢に足を踏み出した。近付くにつれて顔を伏せていく様は、見たくないものを見ないようにする為と内側にある寂しさの現れだった。
 そんな思いを抱くほどに惚れているのだと、そしてその感情の痛みは自分自身でよく分かっていた。

 でも、俺はカメの痛みを消せない。仮初めの緩和なんて意味がない。本当に和らげる事が出来るのは俺ではなくて宇佐見だろうから。
 俺はただその隣で話を聞いて、吐き出させる事しか出来ない。
 ため息を吐きそうになった。
 俺にしたら良いのに、なんて思っていても言えない。

 面倒くさい自分の感情に呆れていたら、がっつりと肩を組まれて若干前のめりになる。


「あーあ、高坂にアイスもーらお!」
「…はあ?買ってくんの?」
「バッカ、準備室は高坂の部屋みたいなもんだから、小さい冷蔵庫あんだよー。高坂アイス好きだから常に入ってんの」
「なんでお前そんな詳しいんだよ」
「たまたま見た!」
「……お前なあ」


 急に明るくなったカメが無理をしているのは分かっていた。
 いつもの笑顔を作る幼馴染みに、それについては何も突っ込まずにただ「鬱陶しい」とだけ言うと、嬉しそうに笑った。
 逃げるような歩みの早さだけは変わらずに二人の前を通る際、俺は宇佐見と目が合った。


 ───真っ直ぐに見つめてくるその目の強さを俺は知っていた。
 そして同時に気付いてしまった。
 幼馴染みのストーカーである大森と宇佐見の視線が、その含まれた感情が、同じであることに。


 お前はどこまでモテるんだか。

 前だけを見て喋るカメを一瞥して、唯一気付かない当事者に呆れ、俺に嫉妬してくる二人に対する僅かな優越感を抱く。
 でも、それはすぐに消えた。
 嫉妬するくらいなら、なんでカメにあんな顔させるんだ。という腹立たしさが代わりに生まれて、宇佐見が何を考えているのか知りたくなった。



 準備室でふんぞり返っていた高阪を引っ張り出して見てもらった全体練習の後、予想通りにカメは家へ泊まりに来た。
 ただ何を言うでもなく、いつも通りにご飯を食べて風呂に入り、少しだけゲームをして布団の中で丸くなって眠った。

 ───ひとりは寂しいから。

 中学の時に聞いた弱音を思い出して、あの時とは違う意味でそう思っているんだろうなと踞る幼馴染みの髪を撫でた。

 可能性があるのなら、先へ踏み出せない二人に切っ掛けを与えた方が二人にとって良い方向へ行けるだろう。
 恋愛関係での寂しいとか悲しいとか辛いとか、そういう感情を抱くのが宇佐見だけなら仕方ないんだ。俺はその顔を見たくないから、自分の為に煽りを入れる。

 亮平さんから来たメッセージに返しながら、しばらくカメの髪に指を通し続けた。


 


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