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中編
22
 


 トオルが意識を飛ばす間隔は、朝に聞いてから夕方までのうちに三十分置きまで縮んでしまった。
 さすがに頻繁だった為さっさと宿に戻った康之は、運んでもらった健康的な夕食を摘まみながら隣で寄りかかるトオルを観察するしかなかった。

 短い間隔で氷に変わるトオルの温度は、酷い時には痛みすら感じる。
 目を離したら消えてしまいそうで、康之は風呂にもトオルを連れて行った。本人の意識があるうちは普段と変わらない明るさで、それが余計に康之の不安を煽る。


 この町に来てからトオルの様子が変わったのは、場所柄が関係しているのだろうか。泊まりは何度もあったがトオルが家から出たことはない。
 なにかあるのだろうか。
 トオルがここに来たこと、意識が無くなること、昨日出会った晃の話。

 風呂でも髪を乾かしながらも眠るまで、康之は隣にいるトオルについて当てもなく考え続けた。
 康之には消えてしまいそうな不安はあるが、トオルは意識を飛ばしても自分が消えるような感覚はないようで、瞬間的に眠っている気分になると笑うほどこの一日で慣れてしまっている。

 時計の針が動く音を聞きながら康之は意識を飛ばしたトオルを見つめた。
 目を開いてはいるが、焦点は合っていない。閉じようとはするのだが前触れがないので出来ない、とタイミングを図る遊びをしているものの一度も成功していない。


 握る手は氷の中に手を突っ込んでいる感覚だった。しかし表皮に変化はなく、ただ感覚だけが康之に伝わっている。



「───……、」
「大丈夫か?」
「うん、今度は目を瞑れるかなー」
「もうずっと閉じとけば」
「やだ!康之さんが見えないじゃん!」
「どんなわがままだ」



 見ていたいの、と子供のように頬を膨らませるトオルに康之は呆れた笑いを溢しながらも、じっと見てくる瞳から目をそらしたりはしなかった。
 寝て起きたら居なくなっているのではないか。そう思わざるを得ない。
 しかし眠気は来るもので、唐突に虚ろになるトオルを見ていても康之の瞼は下ろされていった。







 ───目を開いた康之は外の明るさを認識した後、時計より先に隣を見た。



「おはよ、康之さん」
「………」



 すぐ傍で晴れ晴れした笑顔のトオルが聞きなれた挨拶を投げてきて、康之は脱力したように頭を枕に沈めた。
 今日もちゃんといる。冷気の塊に触れている。大丈夫。
 深呼吸をしたあと、遅れて朝の挨拶を返した康之は緩慢に体を起こした。



「間隔は変わらないか?」
「夜中からね、一時間くらいに戻ったよ」



 意識を飛ばす間隔は伸びているようで、トオルは嬉しそうに言った。
 一時間も康之さんの寝顔眺めていられる、と監視員もびっくりな言葉に言われた本人は思わず飽きないのかと突っ込んだが、トオルは平然とした顔で「楽しいよ」と返してきたのでそれ以上は何も言わなかった。


 今日は滞在の最終日で、夜には帰ることになる。それまでに晃と再び会えるかどうかは分からなかったが、町の中にさえ居れば見つけられると言われていたのもあり、康之は今日も町を歩くと決めている。
 それはトオルが自由に動ける唯一の時間であることや、何か分かるかもしれないという僅かばかりの期待が含まれていた。



 


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あきゅろす。
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