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GOSSIP 1
ジーノのゴシップネタのお話です

両片想いからジノ→←タツになります




ジーノが練習着に着替えていつものように一番最後にロッカールームを出ると、廊下の壁に背を預けるようにして達海が立っていた。達海はやっと出て来たかと言いたそうな顔でジーノに視線を向けると、お前は今日の午前中の練習出なくていいから、でさ、代わりにちょっと話があるから俺について来てと静かに告げた。うん、分かったよ、タッツミー。ジーノは達海に頷こうとしたのだが、達海はジーノの返事を待たずにくるりと背を向けて歩き始めた。ジーノはゆっくりと廊下を進みながら、先を歩く達海の背中を黙って見つめていた。分かっていた。分かっていたのだ。話があると、今日こんな風に彼に呼ばれるだろうことは。ジーノは黙ったままきつく眉を寄せた。思い出したくもない物を思い出してしまったからだ。自宅マンションを出る前に偶々目にしたテレビ番組に映っていた自分の顔と芸能レポーターの甲高い声。番組で取り上げられていたその内容に辟易して、これ以上見ていたくはないとすぐにテレビの電源を切ってマンションを出たのだ。だが練習の為にこうしてクラブハウスに来たからといって、起きてしまった変えようのないことからは最早逃れられるはずもなかった。


「じゃあさ、入ってー。」


目的の場所に着いたようで、達海はゆっくりとその歩みを止めた。そして目の前のドアを軽くノックした後に、自分と一緒に中に入るようにジーノを促した。達海に案内された部屋は彼がコーチ陣とミーティングをする時に使う会議室だった。部屋の鍵を掛けてしまえば他人が中に入ることも誰かに話を聞かれることもなく、重要な話をするには最適な場所だった。ジーノは達海に続いて室内に足を踏み入れた。長机と椅子が並べられたそれほど広くはない会議室の窓際の席にはETUのGMである後藤が腕を組んで座っていた。明らかに疲れた顔をしている後藤の視線の先には机の上に広げられた1冊の週刊誌があった。


「…最近は控えていたように思っていたんだが…こういうのは久しぶりだな、王子。」


とにかくまずは座ってくれと後藤に席を勧められたが、ジーノは首を振って、このままで構わないよとその場に立ったままだった。


「それじゃあ俺が代わりに座ろっと。後藤、隣いい?」

「達海…」


ジーノから少し離れた場所に居た達海は後藤のすぐ隣まで移動すると、ジーノと向かい合う形で椅子に座った。真っすぐに見つめてくる瞳を見返すことができなくて、ジーノは少しだけ俯いた。視線を外しても達海が自分を見ているのが分かって、酷く苦しい気分だった。ジーノも達海も黙ったままであったが、その沈黙を破るように、俺から話をさせてもらうが、と後藤が口を開いた。


「まぁ、言われなくても分かっていると思うんだが、朝から王子への取材の申し込みや問い合わせの電話がすごいことになっていてな。」


後藤が再度週刊誌に視線を向けた。見開かれたページには、『人気サッカー選手、ETUの王子様が有名美人モデルと深夜の熱い抱擁!!』と大きな見出しの文字が躍っており、不鮮明ではあるが、件のモデルがジーノに抱き付いている写真がページ全体に大きく掲載されていた。


「GM、ボクは…」

「電話のことは大丈夫だ。有里ちゃんを中心に対応してもらっている。それにクラブハウスには簡単に入れないようにしてあるから、囲み取材も心配しなくていい。それでも中に入って来る記者は俺達が上手く追い払うよ。皆には気が散らないようにプレーに集中してもらいたいと思っているんだ。」

「迷惑を掛けてしまったことは分かっているよ。本当にすまない、GM。」

「…週刊誌に載ってしまったのは今さら仕方のないことだから、王子を責めたりする気はないよ。こういう時には俺も協力しようと思っているから気にしなくてもいい。だが、もう少しプライベートに気を付けてもらえるとありがたいっていうのが…本音かな。」

「…そうだね、ボクもそう思う。」


後藤は気にしなくてもいいと言ってくれたが、皆に要らぬ仕事を増やしたことは確かであり、ジーノは後藤の言葉を静かに受け止めた。


「ねぇ、後藤。とりあえず言いたいことは全部言ったよね?」


ジーノと後藤の会話にのんびりとした声が割り込んで来た。後藤は隣に座る達海を見やると、ああそうだなと頷いた。


「俺もね、ジーノに話したいことがあるんだけど。だから、後藤、お前はもう帰っていいよ。仕事たくさんあるんだろ?あっ、練習のことは大丈夫だよ。今日は松ちゃんに任せてっから。午後から出るつもり。」

「分かった。達海がそう言うなら。じゃあ俺はこれで失礼するよ。」


バイバイと手を振る達海に見送られながら後は任せてくれと、後藤は会議室を出て行った。後藤が仕事に戻ったことで結果的にジーノは達海と2人きりになった。それはつまり片想い中の相手が目の前に居ることと同じだった。けれどもジーノはこの状況から今すぐにでも逃げ出してしまいたかった。今ここには好きな人と自分の2人しか居ないのに、嬉しさを感じることなどできやしなかった。廊下からは完全に後藤の気配も消えてしまい、室内が一層の沈黙に包まれそうになった瞬間、あのさーと達海がジーノに話し掛けた。


「ここ最近、俺達ずっと負けなしじゃん?結果に繋がってきてると思うんだ。それなのにさ、どうしてそれに水差すようなことしたりする訳?」

「タッツミー…」

「どうしてなのかなぁと思って。」


達海の声は怒っているようには感じられず、週刊誌に撮られたジーノを責めている口調でもなかった。ただ気になるから、どうしてなのか疑問に思ったから、だから尋ねてみた。そんな口振りだった。だが淡々と紡がれた達海の言葉は却って自分のことを突き放しているようで、ジーノは胸の内に溢れ出す悲しみに堪えるようにグッと唇を噛んだ。


「タッツミー、これには…」

「…俺は監督でお前は選手だから…選手のことは俺も色々と気にしてるよ。当たり前だ。でもね、それはあくまでもお前がピッチの中に居る時だけになる訳。だからこのクラブハウスから一歩出たら、ジーノ、俺はお前のプライベートには口出ししない。つーか口出ししちゃいけないんだ。…それくらいは分かってる。」

「タッツミー、」


あの写真を撮られてしまったのは、友人のパーティーに行った日だった。ジーノは焦っていたのだ。達海を好きでいることに。疲れていたのだ。望みのない恋に。だから誰か他の女性を好きになれば、この苦しみから逃れられるのではないだろうかと、どこか投げやりな気持ちで友人の誘いを受けた。でもやはり駄目だった。たくさんの女性に囲まれて久しぶりに華やかな時間を過ごしても、全く心動かされることはなくて。どれだけ達海のことが好きなのか強く思い知らされただけだった。ここに居ても意味などない。ジーノは途中で帰ることに決めてパーティー会場の高級レストランを出ようとした。その瞬間、背後から声を掛けられたのだ。あら、もう帰ってしまうの?つまらないじゃない、と。声を掛けてきたのは有名モデルで、ジーノは友人を介して彼女と何度か交流があった。彼女はフランス人の血を半分引いており、明るく聡明で綺麗な人だった。だがその時の彼女は明らかに酔っていて、ジーノは少しだけ驚いた。仕事で久しぶりに日本に戻っていたらしいので、多分ハメを外したのだろう。ジーノは酔って高揚していた彼女を優しくあしらってその場を後にしようとしたが、ちょっと気分が悪いのとつらそうな声が聞こえ、慌てて駆け寄ってよろめいた彼女を抱き止めたのだ。ただそれだけだった。勿論彼女とは関係など持っていない。彼女は海外でも活躍するモデルで仕事を何よりも楽しんでおり、恋愛よりも仕事を優先させる女性だった。だからジーノと恋愛関係になるはずもないのだ。それなのに、まさか写真に撮られてしまうなんて。達海にこれは違うのだと弁解しなければと思った。だが果たして達海はこの記事の内容は全て真実ではないと信じてくれるだろうか。そう考えると怖くて、言葉にすることができなかった。それに達海はたった今言ったではないか。ジーノのプライベートには口出ししないと。そんな達海にあの抱擁は事故だったのだと話しても今さら意味のないことのように思えた。


「最終的には後藤と同じことになるけど…フットボーラーならさ、フットボールのことを…一番にってのはさすがに無理だからいいけど、少しだけ頭の片隅に置いといて欲しいんだよ。」

「タッツ…」


俺が言いたいのはそんだけだよ。その言葉が合図のように達海は話を終わらせた。結局ジーノは何一つ達海に伝えることができなかった。監督の達海に不快な思いをさせたことも、この件は偶然が重なっただけであり、決して誤解しないで欲しいのだということも、彼に対する真剣な想いも、何も言葉にすることはできなかった。


「話は終わったから。練習は…午後からでいいよ。」

「…分かったよ。」


もういいよと達海に促され、ジーノはそれじゃあボクは行くねと、無理矢理笑顔を浮かべて会議室を出た。だが数歩歩いた所で自然と足は止まり、ジーノは廊下の壁に背を預けた。このどうにもならない現実から目を逸らすように瞳を閉じたジーノの口からは、重い重い溜め息が零れ落ちたのだった。



*****
きつく言い過ぎたつもりなどなかったのに。勿論怒った顔をしたつもりもなかった。達海は先ほど見たジーノの傷付いたような笑顔を思い出して胸が苦しくなり、長机に突っ伏した。溜め息を零して顔を上げるとすぐ目の前には広げられたままの週刊誌があった。達海は問題のページに静かに手を伸ばすと、週刊誌を手繰り寄せた。


「ジーノ。」


今日の朝のことだった。問題が発生したのよ、大変なことになったわ、と血相を変えた有里が叫びながら部屋に飛び込んで来たのは。彼女の言う通り、本当に大変なことだった。ジーノが好きな自分にとっては。有里から勢い良く渡された週刊誌を読んでいく内に、達海は胸の痛みに押し潰されてしまいそうになった。こんな情報知らなかったわ、どうしようと頭を抱えた有里にジーノも面倒なことしてくれたねと話をしたが、本当は平静を装うので精一杯で、内心はあり得ないほどに動揺していたのだ。


「ジー、ノ。」


何度も何度も読んだせいで、ジーノの記事の内容はもうすっかり覚えてしまっていた。達海はページの中のジーノの横顔を指先でそっとなぞった。黒のシックなスーツ姿のジーノと、胸元が大きく開いたパーティードレスを着たハーフのモデル。芸能人に疎い達海でも納得できるほどの目を引く綺麗な女性だった。この写真を見れば誰もがお似合いの2人だと思うのだろう。そう考えただけでつきりと胸が痛んだ。


「『2人はお互いを確かめ合うように抱き締め合った後、仲睦まじく微笑んで情熱的なキスを交わし、タクシーに乗って夜の街に消えていった。』」


その後の2人がどうなったのかはこの記事には書かれていなかったが、簡単に想像できることだった。本当は後藤が帰ってジーノと2人きりになった時に尋ねようと思ったのだ。この記事は本当のことなのかと。抱き合っていることは写真がある以上、揺るぎようのない事実だと認めるしかないが、週刊誌に載っている内容が全て本当だとは言えないのではないだろうか。そう思っていたはずなのに。結局達海はジーノに問い掛けることができなかった。この記事が本当である証拠もなければ、嘘であるという証拠もなかったからだ。真実はジーノだけが知っている。だが達海はジーノの口から真実を知らされることが怖かった。彼女と付き合っていると決定的な一言を聞かされたら、立ち直れなくなってしまうことが嫌でも分かっていたからだ。


「ジーノ。」


誰よりも早く自分が考えた作戦を理解してくれて。試合でそれを見事に体現して輝くようなプレーで魅せてくれて。毎回試合が終わる度に楽しかったよ、面白かったよと笑い掛けてくれて。廊下ですれ違うと微笑んで優しく手を振ってくれて。好きにならないはずがなかった。側に居られたらいいのに、もっと近くに行けたらいいのにと思った時には恋に落ちていたのだ。ETUの王子様に。


「どうしてこんなことすんだよ、ジーノ。」


どうしてこんな風に掻き乱されなければならないのか。どうしてこんな風に心が引き裂かれるような思いをしなければならないのか。フットボール以外のことに煩わされる日が来ることなど達海は想像すらしていなかった。それがこんなにも苦しくて辛くて痛いなどとは。


「ジーノの、馬鹿野郎。」


それでもジーノのことが好きだった。望みのない恋だとしても、この先も想いを告げることはないだろう秘めた恋だとしても。達海は週刊誌を閉じると、顔を伏せてギュッと目を閉じた。ジーノの香水の残り香も消えてしまった会議室から動くこともできず、達海は机に突っ伏して目を瞑ったままだった。残酷だとすら思える現実から少しの間でいい、ほんの少しでいいから目を逸らしていたかった。

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