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GOSSIP 2
ジーノが週刊誌にフォーカスされてから、あっという間に1週間が過ぎた。だがジーノの周りの騒がしい状況は相変わらず変わることはなかった。勿論自宅マンションはセキュリティーが万全であるから住人のプライバシーもしっかりと保護されていたし、愛車で地下駐車場から出入りしてしまえばマンション付近に居座る厄介な記者に追い立てられることもなかったので、その点に関しては割と平気だった。やはり問題なのはジーノがクラブハウスに居る時だといえた。後藤や有里が必死に対応してくれているといっても小さなクラブには限界がある。ましてやスポーツとは全く関係のない強引な芸能記者やレポーターへの対応はなかなか勝手が違うだろう。そういえば昔も似たようなことはあったし、王子は心配しなくてもいいからと少しだけ疲れた笑顔を浮かべる2人に素直に謝罪と感謝の言葉を述べたら、王子がそんな顔するなんて珍しいというか初めてだと、びっくりされてしまった。ボクだって参っているんだよ。ジーノは決して口には出していなかったが、達海に対して何も行動を起こせないでいる自分にもどかしさを感じていた。本当は彼にきちんと伝えなければならないのに。事件の真相も、秘めたるこの想いも。それなのに2人きりで話したあの日から結局何も進んではいなくて。進めることができやしなくて。ジーノはそれが苦しくて、同時に酷く悲しかった。


予想もしていなかったゴシップのせいで世間の注目を浴びてしまう。そんな風にプライベートで例え何が起ころうとも、クラブハウスでの練習は当たり前だが変わらずにある。今日の練習は午後からであり、確か練習メニューにはミニゲームが組まれていたはずだった。ジーノがいつもと同じように一番最後にロッカールームに入ると、ちょうど練習着に着替え終わろうとしていた赤崎に声を掛けられた。室内には偶然にもジーノと自分だけだったからか、赤崎は少しだけ意地の悪い顔になって、ちょっといいスかと話し始めた。


「やっと俺も例の週刊誌読んだっスよ。相変わらず派手なことしますね。…王子って一体どこ目指してんスか?」

「…そう、ザッキーも読んだんだね。」


表情はいつもと変わらず余裕があるのに普段より幾分元気のない口調のジーノに赤崎は目を丸くすると、どうしたんスか、王子らしくなくて気持ち悪いんスけど、と眉を顰めた。ボクの忠犬でしかないザッキーには一生縁がないような、それはもう魅力的な女性だよと、例のモデルとの関係を嫌みったらしく自慢してくると思っていたのだろう。赤崎は明らかに訝しげな視線をジーノに向けた。


「…クラブハウスに来る度にこうも毎日追い掛けられて、さすがにお疲れって訳っスか?」

「GM達はボクの為に頑張って対応してくれているよ。」

「あ、記事のせいで他に付き合ってる女性達と揉めてんスか?そりゃまぁ大変っスねー。」

「それはないよ。皆誤解しているみたいだからはっきり言っておくけれど、ボクは今は誰とも付き合っていない。勿論、週刊誌の彼女ともね。本当だ。」


2人だけのロッカールームにジーノの声が静かに響いた。赤崎を見つめ返すジーノの瞳は真っすぐな真剣さを帯びており。だからこそ今の言葉は本当に嘘ではないと思ったのだろう、赤崎はそこまで言うなら分かりましたよと神妙な顔で頷いた。


「…じゃあ、他に何かあったんスか?」

「…別に…何もないよ。」


本当はあったんだ。大好きで堪らない、苦しい恋の相手と2人きりで話をした時に、ボクだけにあったんだ。ボクと違って向こうは何とも思ってはいないだろうけど、ボクはこんなにも胸が痛いんだ。そんな風に言葉にできたら幾分楽になれたのかもしれない。こんなにも寂しくて悲しい気持ちにはならなかったのかもしれない。けれどもジーノは赤崎に何も告げることはなく、曖昧に微笑むだけだった。


「アンタがそんなんだと、俺も椿も調子狂うんスよ。何もないってんなら、ドンと構えてればいいじゃないスか。」

「ザッキー…」


じゃあ、俺、先に行くんで。赤崎はジーノに背を向けると、さっさとロッカールームを出て行ってしまった。静かな室内に1人残されたジーノは、練習用のウェアを手に取ろうとしたが、困ったような顔になって小さく笑った。


「…ボクの犬に慰められてしまったね。」


赤崎だけではなかった。椿には、大丈夫ですか、王子と何度も不安げな瞳を向けられた。世良には綺麗なモデルと噂になるなんて!と随分羨ましがられたが、今回のことで何か困ったら相談に乗りますからと真面目な顔で言われてしまった。年上の丹波や石神達にはお前って本当に女に困らないよなーと、からかわれたのだが、彼らも同じように結局最後には心配そうな顔をしてくれた。チームの仲間達がプレー以外のことで自分の小さな変化に気付いてどうしたのかと声を掛けてくれることは、彼らに相談できない問題を抱えているのだとしても、やはり素直に嬉しかった。


「タッツミー。」


今までにたくさんの女性と付き合ってきて。サッカーで活躍することとは関係のない恋愛事で世間に浮き名を流したことも何度かあった。それでも誰かと噂になろうが全く平気だったし、別に気にすることもなかった。それがジーノにとっては普通のことで、それがジーノの恋愛のスタンスだったからだ。きっと今までのジーノならば、赤崎が考えていたように週刊誌に撮られた女性との関係を得意気に話したのかもしれない。そして、少しの間だけ表面上の恋愛を楽しんで、きっとそれで終わりだった。けれども達海に出会ってしまって。彼の純粋過ぎる真っすぐな生き方と、太陽みたいに眩しい笑顔に惹かれてしまって。達海だからだ。達海を好きになってしまってから、こんなにも苦しいのだ。こんなにももどかしいのだ。こんなにも、好きだというのに。


「頑張らないといけないよね。」


このままではいけない。心配してくれる仲間の為にも。そして、ジーノ自身がこのままではいけないと強く思った。監督と選手という達海と自分の関係を変えたいのだ。偶然相手を抱き締めるような形になってしまったが、週刊誌に書かれているようなことはなかったのだと分かって欲しいのだ。そして、伝えなければならないのだ。達海が好きなのだと。一番なのだと。


「タッツミー…」


ジーノは顔を上げてロッカールームの天井を仰ぎ見ると、愛おしい人の名前を切ない声でそっと口にした。





ああそうか、今日は公開練習の日だったのか。赤崎と話した後に素早く着替えを済ませて集合時間前にロッカールームを出たジーノは、グラウンドを囲むフェンスの向こう側に明らかにサッカーファンとは違う見物客が居ることに気付いて、一瞬重い溜め息を吐き出しそうになった。彼らはどう考えてもジーノの様子を見に来た冷やかしの野次馬達だろう。取材の申し込みやクラブハウスへ来た記者やレポーターへの対応はフロントや広報側で一通りできたとしても、健全なファンやサポーター達と野次馬をきっちりと区別して見学を制限することはなかなか難しいに決まっている。だから今のこの状況は、ほとぼりが冷めるまでは誰もどうすることもできないのだろう。いつも以上にたくさんの見物客達に囲まれる中でジーノはミニゲームに参加した。プレー中に仲間達の視線を感じたが、ジーノは大丈夫だよと優雅に笑ってみせて周囲を気にしないようにしながらゲームに集中した。真剣な気持ちでプレーに集中したのは、せめてもの償いだった。皆に迷惑を掛けていることへの。そして、何よりも達海に誠意を見せる為にジーノは必死だった。


「最近、真面目に練習してるよね、お前。」

「…っ、うん、そうだね。ボク、真面目だよね?」


休憩時間になった為、ピッチを出てゆっくりとクールダウンをしていたジーノの背後からのんびりとした声が響いた。振り向いた先にはいつもと変わらない達海が立っていて。彼に話し掛けられてしまうと、やはりどうしてもあの日のことを思い出してしまって、ジーノは表面上は余裕のある笑みを浮かべていても上手く話すことができなかった。先ほどこのままではいけないと思ったばかりなのに。この関係を変えたいと今も強く思うのに。ジーノは刺すような胸の痛みに耐えながら、達海を見つめたままだった。


「真面目に練習するのはいいことだからね。後半もその調子で行けよー。」

「タッツ…」


あの日のことも普段の公開練習の雰囲気とは違う今のこの状況も、目の前の達海を見る限り、彼は全く気にしてないようだった。プライベートには口出ししないと言った通り、会議室で話したあの日以来、達海がジーノに対して週刊誌の話題を口にすることは一切なかった。つまり彼にとってはジーノのゴシップなどフットボールに関係のない無関心なことであり、自分だけがこんなにも気にしているのだと思い知らされた気分だった。


「ん?俺のこと呼んだ?何ー?」


コーチの松原の所へと戻ろうとしていた達海はその場に立ち止まると、くるりと振り返ってジーノを見つめた。両手をズボンのポケットに突っ込んで、少しだけ猫背気味に立つ達海は、やはりいつもの飄々とした彼で。それでもジーノが愛しいと思う大切な人だった。達海と視線が交錯する中、ジーノは不意に数日前に貰ったメールを思い出した。それはジーノと噂になってしまった例のモデルの友人からの物であり、あなたの本当の恋人に対してとても酷いことをしてしまったわ、ごめんなさいと謝罪の気持ちが込められたメールだった。忙しい為に電話ではなくメールだったのだが、それでも真剣に謝ってきた彼女に、君は何ひとつ気にしなくていいんだよと返信をしたのだ。それはジーノの本当の気持ちだった。彼女が悪い訳ではなく、達海のことを諦めた方がいいのかもしれないと一瞬でも思ってしまった自分が招いたことなのだから。それに、彼女は謝らなくてもいいのだ。本当の恋人など居ないのだから。ジーノは達海に小さく微笑み返した。彼が自分の本当の恋人だったのならば、どんなに幸福なのだろうと思いながら。


「…何でもないよ。呼んでみただけさ。」


相変わらず変な奴と呟いて、達海は今度こそ踵を返して歩き始めた。ジーノは少しずつ遠ざかっていくその細い体をただ抱き締めたくて堪らなかった。この腕の中にずっと閉じ込めてしまいたくて仕方がなかった。

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あきゅろす。
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