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踏み出して見えるもの 3(完結)
タッツミーと俺の名を呼ぶその声に捕らわれていたんだ。多分、初めから。


俺のことを抱き締めてくるその腕に邪魔だよ、と文句を言いながらも、安心していたんだ。多分、初めから。


年相応に見える綺麗な笑顔に思わず見とれて癒やされていたんだ。多分、初めから。


始まりは普通じゃない俺とジーノの関係だったけど、名前なんか付けなくたって、口に出さなくたって、頭でちゃんと理解してなくたって、向いてる方向は同じだったんだ。


同じ、気持ちだったんだ。



*****
ジーノの目に見える拒絶は、俺の心を抉るには十分過ぎるほどだった。ぽっかりと心に穴が開いてしまったみたいで、何もかもがもうどうでも良くなりそうで。こんな感覚は久しぶりだった。女じゃないから涙なんか流れなかったけど、ジーノが確実に俺から遠ざかって行こうとしているのが悲しくて、心が痛かった。


こんなことになってしまう前から、俺の頭の中にはジーノを中心に据えてやってみたい作戦があった。守備に関しては問題ありかもしれないけど、サイドで上手くカバーしながら、ジーノとチームの皆の力で相手チームを唸らせる。できれば次の試合くらいで試してみたい。俺の頭の中で思い描くフットボール以上の物をあいつなら体現してくれるんじゃないかなぁと思っていた。ジーノへの気持ちに気付く前から、俺はジーノのフットボールは好きだった。ジーノが好きだと分かった今では、王子様が魅せてくれるフットボールも込みでお前の全部が好きなんだと言える。だからジーノが俺と距離を取るようになっても、監督としての俺がジーノから遠ざかる訳にはいかなかった。もしかしたら、せめて監督としての俺だけでもジーノと繋がっていたかったのかもしれない。


「ジーノ、ちょっといい?」

「…何だい?」


ジーノを呼ぶだけなのにすごく勇気を出した。俺、こんなに緊張したことってあったっけ?そう思うくらい手に汗をかいていた。ジーノが1人になる時間を見計らってロッカールームに押し掛けた。どこかのブランド物だろうオシャレな私服に着替え終わっていたジーノは、俺に視線を投げ掛ける。まともに話すのはいつぶりなんだろう。俺はこれは仕事なんだと言い聞かせて、持っていたボードをジーノに見せた。


「今度、お前を軸にして試してみたい作戦があって…ちょっと見て欲しくて。」

「…いいよ。」


俺がボードの上のマグネットを動かして説明する様子をジーノは黙って見ていた。多分今までのジーノなら、俺を後ろから抱き締め、体を密着させて笑顔で頷いてくれたに違いない。タッツミーがボクの為に考えてくれた作戦なんだから、頑張らないといけないね、とかなんとか言いながら。


「いい作戦だと思うよ。」

「そっか…」


あくまで選手と監督としての立場で接しようとするジーノにそれ以上は言えなくて、ただ確認したかっただけだからと小さく呟くと、俺は足早にロッカールームを出た。


何となくそのまま部屋に戻る気にもならなくて、俺は屋上に向かった。屋上のドアを開けると、まるで今の俺の心を表しているかのように空はどんよりと曇っていて、今にも雨が降りそうだった。


「何だよ…朝はあんなに晴れてたじゃん。」


ボードを脇に置いてその場に力なく座り込んだ。ふと視線を下に向けると、駐車場を歩いているジーノが見えた。そのままあの無駄に格好つけた外車に乗り込もうとドアを開ける。


「ジーノ。」


気付いて欲しかった。ジーノに。届く訳なんてないのに、俺はその名を呼んだ。ジーノは俺の声に気付くことなく運転席に乗り込んでしまった。ジーノを目で追い続けていると、不意に頬に何かが触れた気がした。


「雨…?」


空を見上げた俺の顔に冷たい雫が次々に降って来る。俺は立ち上がってボードを頭の上に翳すとそのまま入り口に向かった。最後に駐車場の方を振り返ろうとしてしまって、何やってんだよと自分に笑いたくなった。



*****
適度に体を繋げて楽しめればいい関係。お互いそれでいいんだと思ってたし、そうだろ?と割り切っていた。だけど本当はそうじゃなかった。ジーノと喧嘩みたいなことをして、距離が生まれて、好きだったんだと思い知らされた。できるなら元に戻りたい。ううん、もっと心が通い合ったあったかい関係になりたい。最近の俺はずっとそればかり。ジーノとこじれて上手く行かなくなってしまってからそれなりに月日が経ち、今の俺は結構というか、かなり本気で焦っていた。何事もなかったみたいな顔をして、そのくせ一定の距離で接するジーノに俺はもう限界に近かった。


練習を終え、一足先に部屋に戻った俺は、ドアをほんの少しだけ開けてその隙間から外の様子を窺っていた。これ、端から見たらちょっとヤバい感じだけど、俺は真剣で必死だった。やられっぱなしっていうのは、やっぱり俺の性格じゃなくて。ジーノが好きだって気持ちを駄目にしてしまいたくなかったんだよね。だからもう俺は俺のやりたいようにすることにした。あいつに今度こそ自分の気持ちがちゃんと分かったことを伝えたい。


「よし、やっぱ来た。」


気付かれない程度に開けた隙間から見える廊下の向こうから端正な顔が見えた。俺の部屋の前を通ると、駐車場への近道になるからジーノなら通るって分かってた。ジーノがどんどん俺の方に向かって来る。俺は少しだけドアから離れてジーノが俺の部屋の前を通るのを待った。ジーノがまさにドアの前を通り過ぎようとした瞬間、俺は腕だけを出して強引にジーノを連れ込み、そのままキスをした。


「タッ、ツ…」


驚きに目を見開くジーノに構わずキスしていると、ドア側に立っていたジーノに体を入れ替えられてしまい、覆い被さるようなキスが返って来た。お互い満足するまでキスを堪能すると、ジーノがゆっくりと体を離した。


「まさか、タッ…監督に襲われてしまうなんてね。」

「それ、やめろ。」

「え…?」

「前みたいに呼べよ。…悲しいじゃん。俺、お前のこと…好きだから。やっと分かったから。だからこのままじゃ、嫌なんだよ。」


最後の方は声が震えてしまって、俺は思わず下を向きそうになった。ジーノは何て言うだろう。今度こそ呆れるかな。そんな風にぐだぐだ考えていると、タッツミー、と耳元で声が響いた。えっ?と顔を上げようとしたら、そのまま腕を引かれてベッドの上に座らされた。


「…ボクの方こそごめんよ、タッツミー。あれくらいのことで腹を立てて、変な意地を張ってしまって。…でも、ボクはタッツミーに真剣なんだ。」

「俺も、悪かった。ずっと自分の気持ちが分からなくて。お前に遊びなんだろって言って傷付けた。」


傷付けたのはボクだよ。ジーノが俺の肩を抱き寄せるようにして、そのままそっと頭を撫でた。


「覚えてるかい?この前ボクに作戦を教えてくれた後にさ、タッツミー、屋上に居たよね?」

「…あ、うん。」

「悲しげなタッツミーが見えて…それから姿が見えなくなってすぐに雨が降ってきた。それがボクにはね、まるで泣けないタッツミーの代わりの涙みたいに思えたんだ。」

「俺、お前のことは好きだけど…さすがに今のはちょっと引いた。」

「えぇ!?そこはロマンチストって言って欲しいな。……でもその時、ボクは一体何をやっているんだって思ったんだよ。タッツミーの作戦を聞いた時も、本当は嬉しくて堪らなかったのに、つまらない意地で…」


ジーノが申し訳なさそうに瞳を伏せる。もういいんだよ、ジーノ。俺もお前も同じ気持ちなんだから。

「タッツミーをどうしても離したくなくて。今までずっと体でしか繋ぎ止める方法が分からなかった。…だけどこれからは体だけじゃなくて、心もタッツミーの何もかも全部欲しいんだよ。こんなボクを許してくれるかい?」

「当たり前だよ。俺だってジーノの心も体も何もかも欲しいよ。そういうの全部ひっくるめたみたいなあったかい関係になりたいからさ…だから、今回のことは…もうこれでおしまい。」


そう言ってジーノに笑い掛けたら、あぁタッツミーと嬉しそうなジーノにぎゅうぎゅうと抱き締められた。ジーノの匂いと、もうすっかり嗅ぎ馴れたいつもの香水の匂いが俺を包んでいて。すぐ隣にあるジーノの温もりが俺の体だけじゃなくて、心までもあったかくしてくれて。ただ嬉しくて仕方なかった。






END






あとがき
喧嘩して仲直りなお話です。2人が別人な感じですみませんιクラブハウス内も捏造してしまいました(´`)


サックラーに呼ばれても何とも思わないのに、ジーノにタッツミーと呼ばれることを密かに気に入ってたりしたら、そんなタッツミーはとても可愛いと思います!

ここまで読んで下さいましてありがとうございましたv

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あきゅろす。
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