お部屋デート?
ボク、今からタッツミーの部屋でデートで良いんだよね。
誰かが部屋に入って来ないようにドアの鍵を掛けながら、ジーノは目の前に広がる光景に軽い目眩を感じていた。
床一面に広がる対戦チームの過去の試合映像のDVD。その側には、それらを元に組み立てられた作戦の書かれたたくさんのメモ。テーブルの上には恋人の好物である飲みかけのドクターペッパーにタマゴサンド。テーブルの下には、ジーノが絶対に食べないような高カロリーのスナック菓子の袋が半分開けられた状態で転がっていた。どう考えても、恋人が2人きりで過ごす部屋とはほど遠いものだった。さらに肝心のジーノの恋人である達海は、ジーノが部屋に入って来ても一瞥することなく、目の前で繰り広げられる試合映像を見ていた。
練習が終わった後、急いで身なりを整え、恋人と甘い時間を過ごそうと思っていたジーノは肩透かしを食らった気分だった。
だけど、こんなことはもう慣れっこなんだよね。
ジーノはすでに何度かこうして達海の部屋で、彼との逢瀬を重ねている。そしてそのほとんどで達海はこんな感じなのだ。構って欲しくて色々話し掛けても生返事。突然抱き締めてみたりしてちょっかいを出せば、邪魔するなら帰れと言われたり。結局何もすることがなくなってしまうので、ベッドの上に寝転んで、DVDに集中している達海を観察するのだ。そして最後にはDVDを見終わってベッドに潜り込んでくる達海を抱き締めて一緒に眠る。達海の部屋で過ごす時は大体こんな感じだった。
だがジーノは、これはこれでいいかとも思っている。達海が自分の部屋で過ごす時には、お手製のイタリアンを振る舞うし、ベッドの中で甘い恋人の時間を楽しむことができるのだから。
達海が居てくれれば、それだけで十分なことは分かっている。でもだからといって、達海の部屋を訪れる度にこうだというのはさすがにジーノも辛くなっていた。一緒に居る時は構って欲しい、恋人ならそう思っても仕方がないのではないだろうか。
「タッツミー。」
ジーノはベッドに腰掛けると、達海の名前を呼んでみた。だが例の如く彼から返事はない。
「タッツ。」
先ほどより少しだけ大きな声で呼び掛けてみたが、効果はなかった。達海はDVDに夢中なままだった。
「ねぇ、ボクの大切なお姫様。」
「…誰がお姫様だよ。」
「タッツ!…そんなのタッツミーに決まってるじゃない。キミは監督だからETUの王様だけど、ボクの前では可愛いお姫様なんだよ。」
「ジーノ、お前って…やっぱりすげ〜な。」
「ありがとう。」
「いや、今のは別に褒めた訳じゃないんだけど。」
いつもなら話し掛けても無駄に終わることが多いのに、今日の達海はいつも以上にジーノのことを見てくれていた。たったそれだけのことでも、自分は酷く高揚していた。
「まだ見終わらないのかい?」
早く達海に触りたくて仕方がなかった。
「この試合の後半戦見たらキリがつくから、もうちょっと大人しくしとけ。」
「…分かったよ。」
達海にそう言われては引き下がるしかなく、ジーノはベッドに寝転んだ。安物のベッドはそれだけで、ぎしりと音を立てた。そのまま視線を上に向けると、すっかり見慣れた天井が広がっていた。都内の夜景を一望できる高級マンションの自分の部屋とは大違いな、フットボールに関する物以外はほとんど何もない部屋。以前の自分なら興味すら持つことはなかっただろう。だが達海らしいこの部屋は、今はもうジーノにとって大切な大切な場所になっていた。
*****
「ねぇ、タッツミー、まだ終わらないのかい?」
「後少しなんだから、我慢しろよ。」
ジーノの言葉に達海は抗議の色を乗せて答えた。だがジーノに振り返ることなく、体は正面を向いたままで、手元のメモにペンを走らせていた。
「ボク、もう十分過ぎるほど待ったと思うんだけど。そろそろ恋人同士の時間を楽しもうよ。」
「あのさ、俺いつも言ってるよね?邪魔するなら帰ってくれていいんだぜ。」
それはいつも繰り広げられるやり取りだった。今日は大人しく待っていられると思っていたのに、やはり達海を目の前にして我慢などできるはずがなかったようだ。ジーノは今すぐにでも達海を抱き寄せて、口付けたい衝動に駆られていた。
「つれないよ、タッツミー。…ボクがいつもタッツの予定とか考えないで、こうして押し掛けるのは本当は悪いことだって分かっているさ。タッツミーは監督で忙しい訳だし。…だけどボクはキミと少しでも多く一緒に居たいんだよ。ただそれだけなんだ。」
「…分かってる、分かってるよ。ジーノ。」
DVDに視線を向けたまま達海は小さく呟いた。
「本当はさ、すっげ〜恥ずかしいからこんなこと言いたくないんだけど…」
達海はそれっきり押し黙ってしまった。恥ずかしいこと?それは一体何だい?ジーノはそう尋ねようとしたが、沈黙に耐えかねたのか、達海がゆっくりと口を開いた。
「俺さ、この部屋にお前が居ると…何だか安心するんだよ。DVD見てる時って、誰かの気配がするだけでも集中できなくなるのに、ジーノは別だった。時々感じるお前の気配が、俺を包んでくれてるみたいに感じたんだ。…それにDVD見終わって寝る時も側に居てくれるじゃん。お前の腕の中でお前の体温を感じるのって、心地良いんだよ。…癖になったらどうしてくれる訳?」
相変わらず達海はジーノに背を向けたままだったが、ほんのり赤くなった耳を見てジーノは背後から達海を抱きすくめた。
「あぁ、ボクのタッツミー!」
「だから恥ずかしいって言ったんだよ。俺まだ試合見てんの!離せよ、ジーノ。」
ジーノはそのまま達海を抱き締め続けた。ジーノが自分を簡単に解放してはくれないと分かったのか、達海は大人しくなった。
「…部屋に入れたり、こんなこと許すのはジーノ、お前だけだから。」
「うん、ありがとう、タッツミー。」
ジーノが抱き締める力を強めると、達海もジーノの腕に手を回した。フットボールを愛する達海が、仕事を優先してしまうことは、もう認めようとジーノは思った。何故ならジーノはそんな達海を愛しているのだから。
「これからは気を付ける。ジーノが部屋に来た時は仕事は早めに切り上げるわ。」
「大丈夫だよ、無理しなくて良いんだ。タッツミーはタッツミーのままで居るのが1番輝いてるんだから。」
「お前がそこまで言うなら……あとさ、これからも…ここに来てくれるんだろ?」
「お姫様の仰せのままに。」
「だから、俺はお姫様なんかじゃないの!」
腕から逃れようとする達海をジーノは離すものかと包み込む。達海が本当に愛しくて堪らなかった
俺はさ、お前が居てくれるだけで良いから。不意にそんな言葉が耳に届き、さしものジーノも狼狽えてしまった。腕の力が緩んだ隙に達海はジーノの体から抜け出すと、こちらに向き直ってジーノの好きな笑顔を見せてくれたのだった。
ボクの恋人は本当に可愛いくて可愛いくて仕方ないよ。タッツミー、ボクはキミと過ごせるなら、キミの部屋でもどんな場所でも構わない。タッツミーがボクの隣に居る。ただそれだけでボクはこんなにも幸せなんだから。
END
あとがき
こんな何気ない日常の1コマみたいなジノタツが大好きです。
2人共お互いが大好きなら、もうそれだけで良いですよね^^
読んで下さってありがとうございました!
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