王様の恋
ジーノ←タッツミー
俺、どうかしちゃったのかも。あいつのことが気になって仕方ないなんてさ。
気になる人がいるなんて言えば、大抵周りは頑張れよと応援してくれたり、相手がどんな人物なのか尋ねたりしてくるもんだ。でもね、俺の場合はその相手っていうのが…9歳年下で男で、しかも自分が監督しているチームのエースな訳よ。
本当にいい歳したオッサンが何やってんだろうって思うよ。でも止められないんだ。無意識にあいつを目で追ってしまうことを。あいつー―ジーノのことを考えてしまうことを。
この不毛な気持ちに先はないのに。
*****
最近のETUは負け知らずで、試合の結果も良いものを積み重ねていけている。チームの皆も、俺の頭の中で考えていた以上のことを見せてくれるから、俺もついつい張り切って作戦を考えることに夢中になってしまう。
こんな風にチームが好調になってくると、当然サポーターやファンの数も増えてくる。フットボールのチームっていうのは、選手にフロント、応援してくれる地元の人達やサポーターの皆がまとまってはじめて勝てるチームになるんだ。
「だけど本当に最近は練習の見学者が増えたよな。」
俺はピッチの選手達に指示を出しながら、チラっとフェンスの向こう側を見た。小学生から女子高生、若い女性に中年の男性達と様々な年齢層が、ピッチで走り回る選手達を見ていた。基本的に練習中は、選手の邪魔にならないように静かに見学しなければいけないんだけど、時々女性の黄色い歓声が上がっていた。
彼女達の視線の先には、今まさにロングシュートを見事に決めたジーノが居た。まぁ、見なくても分かってるんだけどね。彼女達の目当てがワガママ王子様ってことくらい。それにしてもジーノのやつ、今のシュートはすごかったな。悔しいけど、あいつのプレーは動きに無駄がなくて綺麗なんだよな。
今日の練習メニューが一通り終わったことを告げると、選手達はその場にしゃがみ込んで雑談したり、体のケアの為にロッカールームに戻ったりと皆思い思いのことを始めた。最近は有里達フロントの意向で、サポーターやファンを増やす為に練習後少しだけ選手と見学者達の交流が行われるようにもなっていた。椿や赤崎達といった若手選手が子供達にサインをねだられているのを俺は、コーチの松ちゃんと話しながら遠目に眺めていた。その時、一際高い歓声が聞こえた。俺は何だ?と声のした方に視線を向けて、そのまま固まってしまった。
俺の視線の先には、若い女性を優しく抱き締めるジーノの姿があった。周りの女性達は、私も私もと切羽詰まった表情をしていた。
「いや〜、本当に王子はモテますね。でもちょっとやり過ぎな気もしますよね、監督。って監督?どうしたんですか?顔真っ青ですよ!体調が悪いのでは?もう後は私達でやりますから、監督は休んでて下さい。」
俺は松ちゃんに礼を言うと、ふらつく体を支えながらクラブハウスへと向かった。
分かってる、分かってるよ。あれはファンサービスなんだってことは。だけどジーノが誰かを抱き締めてる姿なんて…見たくなかった。そっか、やっぱり俺はジーノのこと―ー
クラブハウス内の自室に戻ると、俺はそのままベッドへと潜り込んだ。目をギュッと閉じてみても、さっきのジーノの姿は消えてくれなくて、俺の胸がキリキリと痛むだけだった。
*****
少しして、コンコンとドアをノックする音が聞こえたけど、俺はベッドから出るのが億劫でそのまま無視していた。するとガチャリとドアが開く音と共にユニフォーム姿のジーノがするりと部屋に入ってきた。
「ジーノ…」
「タッツミー、大丈夫?さっき辛そうに部屋に戻るキミを見たら、ボク心配になってね。」
「大丈夫だよ。別に心配いらね〜って。ちょっとした貧血みたいなもんだから。」
俺はジーノを帰そうと適当に嘘を吐いた。これ以上ここに居てもらっちゃ困るんだよ。
「タッツミー、無理しちゃだめだよ。キミは頑張り過ぎる所があるんだから。」
そう言ってジーノは綺麗な細い指で俺の頭をそっと撫でた。そんな優しさが伝わるような触れ方しないでくれよ。勘違いしちゃうじゃん。期待しそうになるんだよ。その気なんてこれっぽっちもないくせに、こんな風に優しくすんなよ。
「悪いんだけどさ、ちょっと寝たいから…もう帰ってもらってもいいかな?」
「そうだね、確かに休息が1番だからね。ゆっくり休んでね、タッツ。」
ジーノはひらひらと手を振って部屋から出ていった。最後に見たジーノのふわっと笑った顔が俺には痛いくらいに眩しかった。
*****
今日は選手達はオフの日で、俺も次の対戦チームの研究の為に1日中DVDを見続けていた。過去の試合映像から大方の作戦を纏め終えた頃には、もうすっかり夜になっていた。
何だか今日は飲みに行きたい気分に駆られて、俺はクラブハウスからもそう遠くないお気に入りのバーに行くことにした。最近はジーノのことで気が滅入っていたから、こんな時こそお酒の力に頼ってもいいんじゃんねと思ったのだ。
店内に入ると、そこそこ客が居た。今日はたくさん飲んでやると意気込むと、俺は1番端のカウンター席に座ろうとした。だけど少し離れたテーブル席に座っていた男女から目が離せなくなっていた。だって…
「何で、何でジーノがここに居るんだよ。折角考えないようにしようって思ってたのに…」
黒のスーツに身を包んだジーノは、目の前に座る女性と楽しそうに談笑していた。その女性はちょうど俺に背を向けるように座っていたから、顔は分からなかったんだけど、きっと綺麗な人なんだと思う。俺なんか逆立ちしたってかなわないくらいジーノにお似合いの。
俺がじっと見ていたことに気付いたようで、ジーノが俺の方を見て軽く目を見開いた。そしてそのまま相手の女性に何かを告げると、俺の方に歩いてきた。
「タッツミー、キミとこんな所で出会うなんて。これはもう偶然というより運命だよね。良かったらこの後一緒に飲まないかい?」
「俺はいい、遠慮する。それにお前連れが居るじゃん。」
「あぁ、それはね…」
俺はジーノの言葉を最後まで聞くことなく、振り返りもせずにそのまま店を出た。
もう認めなきゃいけない。俺はジーノが…好きだ。好きだから、これ以上惨めな思いはしたくない。
大の大人が泣きそうになって、俺はジャケットの袖で目元を拭おうとした。だけどその腕は目元に持っていく前に後ろから掴まれていた。
「はぁ…はぁ…良かった。間に合った。」
「ジーノ、お前俺のこと、追い掛けてきたの?」
「当たり前じゃない。タッツ、ボクの話を最後まで聞かずに出て行っちゃうし、それに今にも泣きそうな顔していたし。好きな人がそんな顔してたら追い掛けるのは普通でしょ?」
「え?ちょっと待て…今、好きな人って…」
「うん、ボクはタッツミーのことが大好きだよ。…タッツミーもやっとボクの所まで来てくれた。タッツミーがずっとボクの所に落ちて来てくれるのを待っていたんだよ。」
「ジーノが、俺のこと…?」
「うん、初めて会った時から何となくキミのことが気になっていたんだ。そしてタッツミー、キミもそうでしょ。いつからからキミの視線を感じるようになって、それがくすぐったくて心地良くなったんだ。」
「俺の視線、気付いてたんだ。…俺も無意識だったんだ、初めは。……まぁうん、そうだよ、俺お前のこと好きみたいだ。だけどジーノ、お前には俺以外に居るだろ。」
俺の言葉にジーノは目をぱちくりさせた。
「もしかしてさっきの女性のことかい?あの人は雑誌の編集者だよ。今日インタビューを受けて、そのままお礼にって彼女が誘ってくれただけだよ。それに彼女、結婚しているらしいからボクとどうこうなる訳ないよ。」
ジーノは諭すように俺に告げた。じゃあさっきのはただの俺の自分勝手な勘違いな訳だよな。俺、何やってんだろ。
「でも、でもさ、お前女の子好きだろ?この前だってファンの子に抱き付いてたじゃん。俺見てたもん。」
「あれはわざとだよ。」
「わざと!?」
俺のすっ飛んだ声が面白かったのかジーノの肩が小さく震えていた。
「あれはわざとやったんだよ。タッツミーの気を引く為にね。ボクが女の子を抱き締めている所をタッツミーが見て、それで焦って早くボクの所に来ないかなぁって。」
「ジーノ、お前…」
俺は言葉が出なかった。だってジーノの作戦通り、俺はあの光景を見て、ジーノのことをはっきりと意識するようになったんだし、ジーノが俺じゃない誰かにあんなことするなんて…って胸が痛んだから。
「…俺、35のオッサンだよ。フットボールが常に1番だし、それ以外のことは不得意だ。だけどジーノ、お前は若いし、綺麗な顔だし、…これから先明るい未来が待ってるんだよ。俺なんかじゃなくて…」
その先はジーノに抱き締められて言えなかった。品の良いジーノ愛用の香水の香りが俺を包んでいた。
「タッツミーは十分魅力的だよ。だってこのボクが好きになったんだから。タッツミーはタッツミーでしょ。ボクはどんなキミでも愛しているんだよ。だからずっとボクを好きでいてよ。」
離さないというようにジーノの腕の力が強くなった。俺もジーノの想いに応えるように、そっとその背中に腕を回した。
「俺は、臆病だから…1度離さないって決めたら、何があっても離してやんないよ。嫌だって思っても、ジーノの側にずっとずっと居てやるから。」
「うん。ずっとボクを離さないでおくれよ、タッツ。ボクはキミが居れば、それでいいんだ。」
ジーノの腕の中で俺は、今この瞬間の幸せを感じていた。そう、幸せだ。こんなにも俺のことを大切にしてくれる人が居るんだから。ジーノの溢れる想いが俺を満たしてくれていた。
*****
「あ、そうだ。今度からはボク、ファンの子達にあんなことはしないよ。タッツミーにヤキモチ妬かせてもそれはそれで楽しいけど、ボクもうタッツ以外は抱き締めたくないんだよね。この腕は愛するキミだけのものさ。」
「お前って本当に恥ずかしいやつだな。」
「どうして?ボクは本当のことを言っただけだよ。」
ジーノは夜も遅いからと、俺をクラブハウスまで送ると言い出した。俺は大丈夫って言ったんだけど、タッツミーは可愛いから心配だとか何とか言って結局ついて来ていた。
「やっぱりハーフだと、そういうこと、さらっと言えちゃうもんなのかな?俺は無理。」
「まぁタッツミーがボクのこと愛してるなんて簡単に言うとは思ってないよ。でも抱き締め返してくれただけで十分伝わったよ。」
「……」
本当にジーノには敵わないよ。俺はそんな風に思った。
ジーノとこんな風に話していたらあっという間にクラブハウスに着いた。明日も練習で顔を合わせるのに、本当に少しだけ寂しくなった。そんな俺の気持ちなど恋人なら分かって当然というように、ジーノの顔が近付いて、そしてそっと離れた。
「お別れのキスだよ。また明日も会えるけど、ほんの少しでも離れることは辛いから。」
「…本当に気障な王子様だな。」
ジーノが帰って行くのをクラブハウスの入り口で俺はずっと見ていた。今日の出来事はまるで夢のようだったけど、ジーノの唇の感触がそれが嘘ではないと教えてくれた。
「あ〜、明日からどんな顔して会えばいい訳?恥ずかし過ぎる。」
俺は頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。自分でも顔が赤くなっていることが分かった。まぁうん、とりあえずおはようの挨拶から始めるか。そんな今さらなことを考えながら、俺は自分の部屋へと戻った。
END
あとがき
今回はETUの王様であるタッツミー目線で書いてみました。
色々悩んでしまうタッツミーの悩みごと包んでしまうような、タッツミー好き好きジーノが好きです(*^^*)
読んで下さってどうもありがとうございました♪
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