14
愛姫の実家へと車を走らせる。
「ハル」
「あ?」
「帰るの?」
「ホテルでもとる。とりあえず寝てからだな」
「うちに泊まる……?」
「それはまずいだろ」
両親に会ったこともねぇのに、こんな時間にいきなり泊めてくれとは言えねぇ。
「何がまずいの?」
「……挨拶もしてねぇのにいきなり泊めてくれはねぇだろ」
「気にしなくていいのに」
「お前……俺のこと親に話してんの?」
「まだ……」
どんだけ馬鹿だ……普通の親なら、娘がいきなり男を泊めるなんて許すはずがない。
「……やめとくわ」
「……そ、か……あ、じゃあ……」
「ん?」
「……なんでもない」
「さっきからどうした」
下を向いたままぶんぶんと首を振って、何でもないと言う。
「きゃ……!」
車を端に寄せて止める。急にブレーキを踏んだせいで、前のめりになった愛姫を左手で制し受け止めた。
「どうしたの?」
それはこっちの台詞だ。
「あのな、車飛ばしてここまで来たんだよ」
「……? はい」
「疲れてんの分かんだろ」
「……はい」
「だったらとっとと言え。そんな態度とられてちゃ気になってしょうがねぇんだよ」
「……」
「また泣く……」
固く閉じられた瞼から、押し出されるように流れ出たものを指で拭ったあと、両手で頬を包む。
「愛姫」
「……やだ」
「……」
「……一緒にいたい……」
───それはねぇんじゃねぇのか。
搾りだすように吐き出された言葉が突き刺さる。
分かっている。こいつはそんなこと、想像すらしていないことぐらい。
「今日は駄目」
突き刺さるのは胸や頭にではなく、腰。
「親が心配するからとりあえず今日は帰れ」
「……ハル、と……いたい」
触れていた頬から慌てて手をひいた。
愛姫が吐く言葉だけじゃなく、ひっくひっくとしゃくり上げられるたびにかかる息と、その体温。どれもこれもが俺を煽る。
帰れと言った時、開かれた瞼から現れた真っ黒い濡れた瞳が影を落とし、傷つけてしまったことが理解できても……それにすら欲を掻き立てられる。
「ここか?」
聞いていた通りに進み、無事に家までは送り届けられた。
車を止めると静かに降りて、無言のまま立ち尽くしている。
「わがまま言ってごめんなさい……」
目を合わせないまま、消え入るような声で言ったあと、扉の向こうに消えた愛姫は明らかに傷ついていた。
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