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09


好きだということを自覚するだけで、こんなにも自分を見失うものなのか。
そうだ、大切にすると決めていたくせに何やってる……

「森下……」

声をかけて目を向けてみると、真っ赤に腫れ上がり水膜をはった瞳が見えた。


───ドクン……


あ……
ここで初めて罪悪感という、言葉の意味を知る。
ジトリと汗が滲む額に手を当てる。自分の馬鹿さ加減を知ることになった。

ゆっくりと体を離し、一歩下がる。

「……悪い……」
「………」
「俺は……」
「……った……」
「………」
「良かった……初めてが……田辺さんで……」

目眩がする。頭の中が真っ白になる……
今言った言葉がコイツの本心なら、俺は本当に考えなしの大馬鹿だ。

「……好きです……田辺さんが……好き……な……の……」

体中の血の気がひくような感覚。力が抜けてしまい、その場に片膝をつく。

「………!」

それを見た森下が、慌てて駆け寄ってきた。

「……いや、なんでも……」

女に泣かれることなんて、今まで何度でもあった。好きだと言われたこともそうだ。
無駄なぐらいに経験はあったのだ。───そう、まさに無駄な経験が───

欲望を満たすだけの相手ばかりだったから、一つとして身になっていない経験だったのだろう。
だから今、本当に好きな女ができても、何をどうすればいいのか分からない。その女から、好きだと言われればなおのこと。

「……大丈夫?」
「………ああ……」
「立ちくらみ?」
「……そうだな」
「失礼します」

心配そうに覗き込み、額に手をかざす。

「お熱はないみたい……」

小さくて柔らかい手の感触が心地いい。

「……大丈夫だ、なんでもねぇ」
「あの……少し横にさせてもらう……?」
「いやいい、お前少し離れてろ」

これ以上触れられると、取り返しがつかないことをしかねない。

「でも……」

いいから早く。

「頼むから席に戻れ」
「……はい」

言い方がキツかったのか、動揺を隠すことなく後退っていく。

あっぶねぇ……

「悪い……すぐ戻るから待ってろ。勝手に部屋から出るなよ」

森下を一人残して部屋を出て、ゆっくりと閉じられた重厚な扉に寄りかかる。

……森下は素直すぎる。たぶんアイツは、男が奥底で何を考えているなんて、これっぽっちも分かっちゃいない。下心どころか、人を疑うことすら知らないんじゃないのか。

アイツが欲しい。本当なら今すぐにでも……
こんなことを考えているなんて思いもしない森下の、純粋で真っ直ぐな瞳に耐えられるほど、俺は人間ができていない。
初めての相手が俺で良かったと、アイツは確かにそう言った。俺がどんなことを考えていたのかも知らずに……
そうだ。その瞳から、俺は逃げ出したのだ。

冗談抜きでマズイ……マジでやべぇ。
ドクンドクンと脈打つ熱が、血管を駆け抜け下腹部に集中する。
どうなってんだ、これぐらいでのことで。

……アイツだからか。

望む相手がそこにいて、あんなことを言うから。だとしても……




───手なんか出せるわけねぇだろ。




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