10
顔を洗い、熱を冷まして部屋に戻ると、携帯片手にうろうろと落ち着かない森下がいた。
「……なにしてんだ」
「田辺さん!」
安心したように顔をほころばせながら、駆け寄って来る。
「戻って来ないかと……」
「なんで?」
「だって、怒ってた、から……」
ちょっと態度キツかったか、さっきの。
「あー違う、悪かった。怒ってたんじゃねぇよ。少し気分が悪かっただけだ」
「そっか……そっか、良かった」
胸をなでおろし目を細めている。怒ってたわけではないが、まさか理由を言うわけにもいかず、男という生物の愚かさすら感じながら、自分で自分に呆れてしまう。
「あの……大丈夫?」
「あ? ああ、座るか」
森下を促し自分も席に戻る。
頬杖をつきながら顔を見つめていると、その視線に気づいたとたんグラスを手にとりゴクゴクと飲み始め、チラっと俺を見ては頬を染める。
「な! 何ですか! 見ないで!」
「なあ……お前って俺のなに?」
「え……」
「俺とお前の今の関係は?」
今日二度目の同じ問いかけに、答えは変わっているだろうか。
「…………」
「ん?」
「………こいび……と……」
伏せ目がちに、たどたどしくもその言葉を口にした姿に、たまらなくなるほどの愛しさを覚えた。
「愛姫……」
「………!! あ……さっきも一度だけ……愛姫、って」
やっぱり顔をそらし、明らかに取り乱している。
「駄目か?」
動揺はしていても、ふるふると首を振る様子を見る限り、嫌ではないということだろう。
「愛姫」
もう一度名前を呼ぶと、少しだけピクンと体を揺らしてこっちを向く。
「なに……?」
顔はこっちを見ても目は横を向いたままで、みるみる冷や汗をかいていく。
なんで名前呼ばれただけで、そんなに困ったような顔をしてんだよ。
「や、別に」
「なににやにやしてるんですか!?」
……焦らせて困らせて、戸惑わせてしまうことが、コイツにとってはどうか知らねぇが、俺はどうも気分がいいらしい。
今までの女のように、雑に扱うつもりはねぇし、苦痛をしいるようなこと、露ほども思いもしねぇが。
ねぇが、辞められそうにない。
普通に考えれば何でもないことが、コイツは慣れてなんかいないから、いちいち過剰に反応する。
癖になりそうだ。
「田辺さん、あの、やめて……」
「なにを?」
「だ、だから、見ないでって……」
「見てたいんだよ」
やっと手にいれたんだから。
「やだ……や……」
覚悟しとけ? これから一生かけて約束を守ってやるから。
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