08
ぷっくりとした唇に指で触れると、怯えるように顔をそらす。
「こっち向けよ」
手を添え、そらした顔を戻す。
「あの……?」
「……俺だけ見てればいい」
他の男なんか見えなくなるように。
「愛姫……好きだ」
熱くなるばかりの気持ちを伝えたいが、好きだと言うのが精一杯で、他に言葉が出てきやしねぇ。
「……俺を好きか?」
黙ったまま頷いてくれてはいるが、そんなんじゃ足りねえ。言え、もう一度……
「言って」
「……す……き……」
瞬間……───俺の中の何かが弾けた───
今日はそんなつもりなかったが……
「ワリィ」
「……え? ん……!?」
告白されたのも初めてだと言っていたことを考えると、こんなことするつもりなど毛頭なかったが、抑えがきかない。
唇を奪われるということも、予想なんてできていなかったんだろう、戸惑いが伝わってくる。
逃げようとしている森下の後頭部に手を回し、それを許さない。
「んん……」
角度を変えながら何度も口づけて、ゆっくりと唇を離す。
「はぁ、はぁ……キ……ス……」
放心したように目を虚ろにさせながら、俺を見上げる。
「悪い……我慢できなかった」
「……あた、し……初めて……」
「ああ、悪い……」
罪悪感のない謝罪、戯言ばかりが口をつく。
俺は後悔なんてしちゃいねぇ。初めてだとコイツの口から出てきたことで、怯えさせた罪悪感よりも喜びが上回ってしまう。目の前で鼻をぐすぐすいわせながら震える姿を見てもまだ、俺の中には罪悪感よりも、俺を好きだと言ってくれた喜びが激しく上回っている。
考えてもいなかったはずのキスをされ、驚きとショックを隠せない顔を見ても、悪いと思えない自分に違和感がない。
初めてのキスぐらいは感動的に、ムードたっぷりの中でしたかったんじゃないだろうか。
きっとコイツはそう夢見てたんじゃねぇのか。
コイツの性格を考えれば、それぐらいは俺でも分かるのだが。
それすらもついていけないほどに、自分の感情が制御できない。
お前の気持ちが欲しかった。俺だけのものにしたかった。衝動的に奪ってしまったことに、後悔なんてしない。
奪われたことで、もしかしたら傷つけてしまったのかもしれない。それが心に残ってしまうほどのものなら、コイツはきっと……
───俺のことを忘れられなくなる───
そうなってしまえばいい。罪悪感なんかよりも、そんなことを願う自分がいる。
こんなこと初めてだ。余裕すらなくなる。
「田辺さ、ん……苦し……」
聞こえた声にハッとして、腕の力をぬく。
くそ……アホか。どんな考えだ、大切にするって決めたんだろが。
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