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本来なら、怒鳴って一発ぐらいは見舞ってやるところだが、どうやら今の俺は、その気力さえも失せているらしい。
宙を仰ぎ、思いきり息を吐き出して自分のデスクに向かって足を踏み出した。
見当たらねぇハゲの所在を、後を追ってきた奴に確認すると、ミスったクソ野郎を連れ、取り違えた資料を手に先方に向かっていると言う。
……今頃届けたとこで事態が好転するとも思えねぇが。
あっちがそれをご所望なら、何時だろうが動くのは当然だ。100パーセントの落ち度をぶら下げての謝罪は面倒だろうが、遅刻しても悪びれることすら忘れていたドカスには、打って付けの役目だった。

慌てふためく奴らの中にあって、何もやる気が起きねぇ理由は分かっていた。連絡がついたことで少しの安堵を覚えたところで、愛姫の様子が気にかかるからだ。

「田辺さん!」
「……あ?」

デスクに足を投げ出し目を閉じていると、いつの間にか逢坂が横に立っていた。
どうやら怒り心頭の先方が、責任者を寄越すように言っているらしい。違う人間が向かったと伝えたのに、それじゃあ納得はしてくれねぇようだ。

「じゃあお前が行けよ」
「は? だからご指名だって言ってんでしょうが」

面倒くせぇ。あっちの怒りはもっともだろうが、誰が行ったところで同じ説明を繰り返すだけだ。まあ仕事ってのは面倒事のオンパレードなんだが。

しかし、今の俺にはそんなことはどうでも良かった。

「……お前が責任者だと言っておけ。で、田中に連絡入れて合流しろ。一緒に行って謝ってこい」
「はあ? だから!」
「うるせぇよ。いいから動け」
「部長の言葉だとは思えねぇな」
「誰に向かって言ってんだ。俺は今からどうしても外せねぇ用がある」
「……帰るんですか? マジで? この状況で? あり得ねー!」
「……あのな、俺は今機嫌が悪いんだよ。で、用事があると言ったはずだ」
「……」
「お前はどうするんだ?」
「……すぐに出発します」
「いい返事だ。ああ、残った奴らにちゃんと指示は出してから行けよ」

恨めしげに顔を歪めた逢坂を追い払って、帰り支度を始める。
会話を聞いていた社員達が、不満そうにこっちを見ていた。

「文句がある奴は言ってみろ」

言われたところで聞くつもりはないが、それ以前に田中と逢坂を除けば、俺に口答えができる奴はいなかった。

「聞いた通りだ。悪いが俺は帰る。なんかあったら田中か逢坂の携帯にでも連絡しろ」

間違っても俺にかけるなと睨んでやると、お疲れ様でした、と一斉に挨拶が返ってきた。
……仕事どころじゃねぇんだよ。これ以上は時間も暇も、くだらねぇ尻拭いに奪われてたまるか。




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