17 本来なら、怒鳴って一発ぐらいは見舞ってやるところだが、どうやら今の俺は、その気力さえも失せているらしい。 宙を仰ぎ、思いきり息を吐き出して自分のデスクに向かって足を踏み出した。 見当たらねぇハゲの所在を、後を追ってきた奴に確認すると、ミスったクソ野郎を連れ、取り違えた資料を手に先方に向かっていると言う。 ……今頃届けたとこで事態が好転するとも思えねぇが。 あっちがそれをご所望なら、何時だろうが動くのは当然だ。100パーセントの落ち度をぶら下げての謝罪は面倒だろうが、遅刻しても悪びれることすら忘れていたドカスには、打って付けの役目だった。 慌てふためく奴らの中にあって、何もやる気が起きねぇ理由は分かっていた。連絡がついたことで少しの安堵を覚えたところで、愛姫の様子が気にかかるからだ。 「田辺さん!」 「……あ?」 デスクに足を投げ出し目を閉じていると、いつの間にか逢坂が横に立っていた。 どうやら怒り心頭の先方が、責任者を寄越すように言っているらしい。違う人間が向かったと伝えたのに、それじゃあ納得はしてくれねぇようだ。 「じゃあお前が行けよ」 「は? だからご指名だって言ってんでしょうが」 面倒くせぇ。あっちの怒りはもっともだろうが、誰が行ったところで同じ説明を繰り返すだけだ。まあ仕事ってのは面倒事のオンパレードなんだが。 しかし、今の俺にはそんなことはどうでも良かった。 「……お前が責任者だと言っておけ。で、田中に連絡入れて合流しろ。一緒に行って謝ってこい」 「はあ? だから!」 「うるせぇよ。いいから動け」 「部長の言葉だとは思えねぇな」 「誰に向かって言ってんだ。俺は今からどうしても外せねぇ用がある」 「……帰るんですか? マジで? この状況で? あり得ねー!」 「……あのな、俺は今機嫌が悪いんだよ。で、用事があると言ったはずだ」 「……」 「お前はどうするんだ?」 「……すぐに出発します」 「いい返事だ。ああ、残った奴らにちゃんと指示は出してから行けよ」 恨めしげに顔を歪めた逢坂を追い払って、帰り支度を始める。 会話を聞いていた社員達が、不満そうにこっちを見ていた。 「文句がある奴は言ってみろ」 言われたところで聞くつもりはないが、それ以前に田中と逢坂を除けば、俺に口答えができる奴はいなかった。 「聞いた通りだ。悪いが俺は帰る。なんかあったら田中か逢坂の携帯にでも連絡しろ」 間違っても俺にかけるなと睨んでやると、お疲れ様でした、と一斉に挨拶が返ってきた。 ……仕事どころじゃねぇんだよ。これ以上は時間も暇も、くだらねぇ尻拭いに奪われてたまるか。 *←→# |