陰の女王3



「アルル」

細い声で囁かれた。僅かに掠れた低い声がアルルの行動を制限する。
何、という返事は音にならなかった。
回された腕、胸に埋まる顔が上げられない。

なんだ、これ。は。

アルルの中でリフレインする。今朝の夢。
これはあれと同じ状況ではないか?

「アルル、俺は…」

駄目だ、この先を聞いては。
アルルの本能が告げる。しかししっかりと抱きしめられた肩が動くことはなかった。
自分の心臓の音が嫌に大きく聞こえた。
その事実に顔が熱くなるのは気のせいではない。

「シェゾ、待って」
「いいから聞け」

アルルにはもう疑いようがなかった。
これは、まさに。

(デジャヴ…ていうか、正夢?)

ああだって夢の中と寸分違わぬ状況で、夢の中と変わらない。







そのとき、アルルは異常に気付いた。






聞こえない。
夢の中で聞こえていたはずのあるべき音が。

アルルは自分の耳の位置を確かめる。
間違いない、夢の場所と寸分違わぬ場所。
シェゾの、胸の中。

ではなぜ聞こえない?




夢の中で確かに聞こえていた、自分の胸の音に重なるように、鳴っていたシェゾの鼓動が。





「シェゾ、待って」
「いいから聞け」

アルルは慌ててシェゾの腕の中で力を込めた。
おかしい。おかしいおかしいおかしい。
もがくアルルの肌に触れたシェゾの手が異様に、冷たかった。

まるで死人のように。

「シェゾ、ねぇ、シェゾ?!」

しかしアルルがもがくほどにシェゾの腕の力が強くなる。
アルルは焦る。待って、これは、本当にシェゾ?

そう思ってアルルがシェゾを突き飛ばそうとしたとき、低い声が早口で降りてきた。

「何でお前が此処に居る、何で無防備に日陰になんか入ってきた、既に日陰は奴らの領域だ、入ったら侵されるぞ、不死者の女王はお前を狙ってる、お前の光の魔力を狙ってる、お前の身体を乗っ取ろうとお前に呪いをかけている、日陰に入るな、入ったら不死者にされるぞ、お前も死して生きるモノに」





ぞくり。





アルルの背筋が凍る。本能的に感じ取ったのは恐怖。
だがこの恐怖は目の前に居るシェゾから感じられるものではない。
シェゾが恐いのではない。

わかる、目の前にいる心臓の音がしない彼は間違いなくシェゾである。

   それの、意味するところは?

「待って、よ、シェゾ」





「逃げろ、俺じゃぁもう庇いきれない」

アルルの視界の隅に写った、シェゾの右手の指先が黒く変質している。
瞬間、アルルの耳の奥に鈍い振動音がした。
びくり、アルルは自分の右手を見る。そこが同じように黒く変質していた。

それはあのとき森で見た不死者のそれと同じ色。

噂に聞いたことがある、不死者は生きているものに呪いをかけて同じ不死者にするのだと。

「…あ、ぁ、あああああ」

アルルは恐怖に固まった、そのとき不意にシェゾが自分を抱きしめる力が強くなる。

「…大丈夫だ、せめてお前にかかる呪いだけは、全部」

小さい呟きをアルル耳が捉えた、同時にシェゾの口が小さく詠唱。
すると淡い光がゆっくりとアルルからシェゾにうつる。
と共にアルルの指先の変質が消えた、代わりにシェゾの腕から力が抜ける。

「シェゾ?!」

ずり、と、シェゾの膝が落ちた。
アルルが抱きとめるようにシェゾの背中を掴むが、支えきれずに地面に腰をおろす。
さっきよりも変質したシェゾの右手を握り締めていいのかわからない。
握ったら壊れたりしそうなほどにそれは変質していた。

「ねぇ、待ってよどういうこと?」




叫んだ瞬間視界が、滲んだ。





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あきゅろす。
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