陰の女王2



ガタンがたん。

「お譲ちゃんも元気だねぇ、こんなときに外出かい?」
「おじさんもね」
「おじさんは仕事だからなぁ」

アルルは道すがら出会った村のおじさんの引く馬車に揺られて、のんびり話をしていた。
山のようにつまれた麦に埋もれるように寝転がったアルルが荷台で笑う。
世間では魔物の恐怖が囁かれているが、実際大して関係はないのだ。

「畑は陽射しがいっぱいだから安全だしね」
「だよなぁ」

そう、何も恐がる必要はないのだ、日陰に入りさえしなければ。
そのことを心得ているおじさんのあやつる馬車は、道の木の陰を避けるように進められている。

「日陰に入りさえしなければいいんだもんね」
「そりゃそうだ」

がたんごとん。
なんということもなく、穏やかに馬車は進んでいる。
道の横の森の影には不死者が恨めしそうにこちらを覗いていることをアルルは知っていたが、それでも穏やかに進んでいた。
気にすることはない、秩序を破りさえしなければ安全なのは当然だ。
アルルはそのあたりの神経は中々に太かった。

そのとき、不意にアルルの視界に写った。
木の陰にたたずむ人影。
アルルは眼を細めた。

「おじさん、ちょっとごめん、ボク降りるよ」

アルルはそういって馬車を止める。
そしておじさんとの挨拶もそこそこに馬車を先に行かせ、自分は一歩日陰に近づいた。

視界に入ったそれは不死者ではない。
人間だ。
こんなときに日陰にいるのはそのことをまだ知らないか、それとも物好きか、自殺願望者か。

どちらにせよ声はかけておかねばなるまい。

「そこは、危ないよ?」

「…アルル?」

しかしアルルは次の瞬間、近づいたことを後悔する。
そこにいたのは危険を知らない者でも自殺願望者でもなく、ただの物好き、というよりはむしろ変態だったから。

「何だ…シェゾなの」
「何だとは何だ、失礼だな」

彼ならこんなときに日陰に居てもおかしくはない。というかいっそ魔物と同義に見てもいいのではないだろうか。
しかし今日のあの夢のあとで一番見たくない顔にまさかこんな変なタイミングで会おうとは。
アルルはため息と共に一歩踏み出す。

「だってキミ、なんでこんなタイミングでこんなところにいるんだよ」
「何処に居ようが俺の勝手だろ」

半ば八つ当たりと分かっていたがアルルは口を尖らせてシェゾを見上げた。
あんな夢を見たのは彼の知ったことではないのだが、そもそもシェゾがこんな時期に日陰に立っていなければ自分は気付かなかったわかだから、と、強引にまとめて文句でも言ってやろうとシェゾを睨み上げる。

すると、シェゾが此方を見下ろしている視線に囚われた。
睨むような責める様な視線。
間もなくシェゾが低く喉を震わせた。

「お前こそなんでこんなところに来たんだ」
「え?」

一瞬意味がわからなくて立ち止まる。
すると今度はシェゾのほうが距離を詰めた。

「日陰」




囁くように、言われた。
どうして日陰にいるのかって。それはシェゾがいたから。
日陰に入っては危ないと知っていたけれど、シェゾがいたから平気だと思ったんだけど。

しかしその先の言葉はシェゾの腕に塞がれた。




「え?」

ぎう、と、確かに、シェゾはアルルを抱きしめた。







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あきゅろす。
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