ハイヱ ツチナ
2
パチパチと手を叩く乾いた音。
「さっきは素晴らしい踊りをどうも」
その声に勢い良く振り返った踊り子は、凛音の姿を見つけるとホッと息をついた。
「ずいぶん熱心に見て戴いたようで」
軽装に着替えた踊り子は軽く頭を下げる。腰帯に先程の扇子があった。
「あれは何て読む?」
凛音が遠くにある旗を指差す。
「カミクラ、です。座長が神の鞍の出なんですよ」
「なるほど。当て字だったか」
微笑む踊り子に、凛音は顎に手を当て頷いた。
「一座は何処へ向かう予定で?」
「このまま東を下りますよ。でもせっかくお気に召して戴いたようだけど、自分は今日で一座を抜けるんです」
眉を下げ申し訳なさそうな顔をする。
凛音は片眉を上げた。
「あっ、でも自分以外にも素晴らしい芸子がたくさん居ますからね。きっと自分の代わりに新しい舞手も…」
言いかけるのを凛音は遮る。
「俺は別に旅芸人はどうでもいい。気に入ったのは君だよ」
踊り子は一瞬目を見張ったが、直ぐに破顔した。
「それは嬉しいけど…自分は一座を抜ければ舞手ではなくなりますよ」
「それもどうでもいい。俺は可愛い子が好きなだけ」
いよいよ踊り子の顔が引きつる。
「…それじゃあ水を差すようで悪いですけど、自分は男なんですよ」
「そんなこと百も承知だよ。一目見ればわかる」
ついに踊り子は引いたように後退った。
そばに居た蝶が呟く。
「…なるほど。お前が興味を持つわけだ」
踊り子は弾かれたように蝶に目を向けた。
「ところでニビ」
「…何で名前を知ってるんですか」
「一座の連中に呼ばれているのを聞いた。そんなことより、」
凛音が踊り子――鈍を見る。先程までの軽い空気が一変した。
「お前の牙はどこに居る?」
口元に笑みを浮かべる凛音。
鈍は体を強張らせた。
「…何の話ですか?」
「白々しい嘘は面倒だな。お前の背中に牙と契約した紋章があったのを見たよ」
契約を行った者には必ず刻まれるものだ。もちろん凛音の背にもある。
「さっき水浴びしてただろう」
「覗いてたんですか」
鈍は歎息した。
「俺には牙が居ますよ。そこら辺に潜んでるはずです」
蝶が片目を開ける。何も言いはしなかったが。
「でもそんなことはどうでもいいでしょう。問題は、あなたに何の目的があって俺に近付いたのかってことです」
鈍は毅然とした態度で凛音を睨み付けた。
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