ハイヱ ツチナ
1
「さぁさ、寄っといで!一座最後の大公演だよ!」
遠目にも分かる人集り、巨大な天幕と風に靡く旗。
「…騒がしい町だな」
「旅芸人の一座が来てる。…何て読むんだあれは」
凛音は旗に目を凝らした。
峠越えの末に辿り着いた東方田舎町。
そこではちょうど、旅芸人の一座が公演をしているようだった。
「…旅芸人?」
「あぁ、踊りや歌、軽業なんかを見せて歩く一団だよ」
凛音の説明に眉を寄せた蝶は、壁の花とでも言うように、そばの木に背を預けて木陰に入ってしまった。
「…人間の娯楽はわからん」
煩わしいとでも言いたげに目を閉じる。
「そうか?案外、気晴らしになるけどな」「行きたいなら勝手に見てくればいい」
凛音の言葉にも蝶は頑なだった。
「これを見逃すと大損だよ!お代は見てからで結構、さぁさ寄ってってくんな!」
囃しと呼び込みの声。
天幕の周りは人々が集まり、既に賑わいを見せているようだ。
凛音は蝶の隣に腰を降ろして、遠目に一座を見ることにした。
鈴や笛や太鼓の囃し、歌や軽業を繰り出す一座に観客からおひねりが出される。
「…楽しいのか」
隣の凛音はぼんやりと眺めているだけだった。
「お次は一座稀代の美人、西の出の舞手だ。踊りは天下一品、見て損はさせないよ!」
そう紹介されて舞台に上がったのは、言われの通り遠目に見てもかなり美人な踊り子のようだ。
凛音は突然起き上がり身を乗り出すと、一座の天幕へと小走りに近付いて行った。
蝶は片目でそれを見送り、また目を閉じて息をつく。
細い棒の上に立つ踊り子。
棒は片足分の太ささえなかったが、そこに高下駄を履いて立っている。
疎らな短髪と両脇で一房だけ長く伸びた髪、頭には飾りの簪。
幾分か整った顔立ちは、大きな目の所為で幼さを強くしていた。
太鼓に合わせて両手の扇子が勢い良く開かれる。綺麗な仕上げが施されていた。
踊り子の姿勢は細棒の上でも揺るがない。
凛音はその踊り子を凝視した。
踊り子が目を瞬かせ、にっこりと笑顔を浮かべる。
囃しに合わせて踊り子は細棒の上で舞った。
素晴らしい均衡感覚である。
宙に飛んでもピタリと棒の上に降り立つ。
さながらそれは人間離れした軽業。
観客は歓声を上げ手を叩いた。
最後に扇子を閉じてピタリと姿勢を正し、一礼して顔を上げる。
湧き上がる歓声の中で踊り子は再び凛音に微笑みかけた。
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