小説
守ってやるからV/金ヅラ子
それから1年も経たないうちに金時は夜の世界へ飛び込んだ。彼の頭の中には、守ることの出来なかった少年のことしかなかった。
もちろん、金時は夜の世界のルールなど、全く知らない。夜の世界へ飛び込んでからの数ヶ月間、何度も騙され、殴られる日々が続いた。
だが、彼は決して諦めなかった。
そんなある日、いつものように、上司に殴られ、ボロ雑巾のように路地裏に転がりながら目を開けた金時は、
一人の女が自分の前に立っていることに気付いた。いや、女というよりも、その幼さの残る顔は年端も行かない少女のようだった。
彼女は赤いチャイナドレスを身に纏い、右手には傘、左腕には白い子犬を抱いていた。
「ねぇ。」金時を見下ろしながら彼女は言った。「私のところで働いてみない?」
それから何年もの歳月が経ち、金時は自分を拾ってくれた女、神楽の営む店の一つ、クラブ『万事屋』のNo1ホストとして、夜の世界を生き抜いていた。
ある日、神楽は突然店にやって来るなり、金時に向かって言った。
「今から、私の持つ他の店を見てまわるから、アンタも来なさい。」
「は?」
「他の店が、どんな風に客をもてなしているのか見に行くのよ。」
「オレに接待を学べって言ってんの?」
「その通り。」神楽は頷いた。「あと、それぞれ、どんな活動をしているか、参考にしなさい。」
「あぁ。」金時は頷いた。
神楽は、歌舞伎町にある店の4分の1を営む女社長だ。だが、それは表の顔に過ぎない。彼女の本性は、中国系マフィアの女ボスだ。
夜の世界にはびこる外国人ホスト。彼らの多くは他国のマフィアに属している。彼らの日頃の悪行に怒りを堪え切れなくなった神楽は、
彼らを歌舞伎町から追い出す為、自分の営む店を使って、その準備を着々と進めているのだ。
金時も、また、神楽の部下として、『万事屋』を率いて彼女の計画に参加しているのだった。
神楽が金時を連れて行ったのは、看板に『攘夷党』と書かれたスナックだった。
「いらっしゃいませ。」
2人が店に入ると、着物を身に纏った、長い黒髪の女が2人を出迎えた。
「あ、社長、それと・・・。」
こちらに顔を向けた女の顔を見て、金時は驚いて、その場に棒立ちになった。
「あ・・・っ!」
それは女も同じだった。彼女は目を見開いて金時を見つめていた。いや、彼女ではない、『彼』だ。そう、『彼』は、
金時が守ろうとしても守れなかった、あの少年だったのだ。
「何?知り合いだったの?」
驚きを隠せない表情で互いの顔を見つめる2人を神楽は面白そうに見ていた。
「あぁ。」
なんとか喉から声を絞り出しながら金時は答えた。
「そう。なら、いいわ。金時、彼女・・・じゃなくて、彼がスナック『攘夷党』の店主、ヅラ子よ。」
「ヅラ子?」
訝しげに眉をひそめる金時にヅラ子は小さな声で言った。
「今は・・・、そう名乗っているんだ・・・。」
「じゃ、金時、私は他の店を回ってるから。」
神楽は金時に悪戯っぽく笑いかけた。
「アンタは、ここでゆっくりしていなさい。」
金時とヅラ子は近くにあったソファに腰を下ろした。ヅラ子は、ただ俯くだけで、痛いほどの沈黙が二人を包んだ。
「で。」沈黙を破ったのは金時だった。「何でここにいるんだ?」
「社長に拾われた。」俯きながらヅラ子は言った。「奴らの所から逃げ出した俺に、
社長は、一緒に奴らを歌舞伎町から追い出さないかと誘ってきたんだ。」
「オレと一緒だな。で、お前、無事だったの?」
金時のその問いに、ヅラ子は口を閉ざした。心なしか、金時には彼女の肩が震えて見えた。
「そうか・・・。でも、お前、何でまだ女装してんの?」
「この格好の方が、敵も油断するだろう?」
「そうだな・・・。」
金時とヅラ子は、顔を見合わせて笑った。
「金時。」名前を呼ばれて顔を上げると、そこには見せ回りを終えて戻ってきた神楽が立っていた。
「帰るわよ。明日の準備もあるし。」
「あ、わりぃ。」金時は立ち上がるとヅラ子に向き直った。
「じゃ、これから宜しくな、ヅラ子。」
「あぁ・・・、金時。」軽く笑ってヅラ子は手を差し出した。その手を握って、金時は、そのあまりの細さに驚いた。
そして、改めて、彼女を守ってやらなければ、と心のどこかで思った。
ヅラ子の店からの帰り道、神楽は金時に言った。
「アンタ、たまにでいいから、あの子の店に行きなさい。」
「何で?」
「あの子はね・・・。ああやって、スナックを仕切ってるけど、男性恐怖症なのよ。」
「はっ、男なのに!?」
驚いて聞き返す金時を神楽は鋭い目で睨みつけた。
「あの子は昔、親に身売りに出されて色々と辛い思いをしてきたのよ。」
「あぁ、知ってる・・・。」
「まぁ、だから、外国人ホストを嫌うのも人一倍なんだけどね。」
「でもよ、オレには何とも無かったぜ?」
「それは・・・。」神楽は微笑んだ。
「あの子は心のどこかで、アンタを信用していたんじゃないの?」
「そうか?」
ぼんやりと白みかけた空を見上げる金時を見ながら神楽は続けた。
「とにかく、アンタはあの子を支えてやりなさい。分かったわね?」
「わーってるよ・・・。」
神楽に言われる前から、金時は彼女を守らなければと思っていたのだった。
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