短編/外伝集 忌み子 『凪沙へ。 自分勝手なお母さんでごめんなさい。 お母さんは、忌み子を産んでしまったという罪を償わなくちゃいけないの。 …あの子のことは、貴方に任せるわ。 私が罪を償えば、族長様も命までは取らないと思う。 …でもね、凪沙。 お母さんは、あの子に対して妙な情が湧く前に……あの子を捨てた方がいいと思ってるの。 泉に沈めても、生き埋めにしても、族長様達に……して貰っても、いいと思ってる。 …お母さんが産んだくせに、無責任だって思うよね…。 お母さん、きっとお父さんの居る天国にはいけないな。 本当にごめんなさい、凪沙。 …貴方はどう思ってるか分からないけれど、お母さんはいつまでも、貴方のことを愛しているわ。 …さよなら。』 数年前……森の大陸に生を受けた一人の少女は、産まれた瞬間から『忌み子(イミゴ)と呼ばれた。 左目の色が森の色──緑色なのに対し、右目の色が紅玉のような深紅だったのだ。 ──それを理由に、少女は忌み子とされた。 『レスタル神の血が穢れた』と。 少女を産んだ母親は、愛する自分の娘(少女にとっての姉)への手紙と、一族の全ての人間に対する謝罪を述べた遺書を残し、自らその命を絶った。 …自ら絶たずとも、数日後には処刑される予定だったが。 少女の姉…凪沙(なぎさ)は、少女を捨てなかった。 少女に名前を与え、居場所…家を与えた。 少女のことを受け入れて欲しいと、一族の人間一人一人に頼み込んで回った。 ……この願いは、少女が産まれて数年経った今でも叶えられていない…。 「うっ…うぅ……!!」 トーヤにバケモノと罵られ、他の人間には忌み子と罵倒され。 塑羅は何時の間にか走り出していた。 塑羅は悲しい気持ちが抑えられなくなると、ある場所に行く。 そこは、集落を出て十五分程歩いた所にある、泉。 その泉の周りには森の動物達が集まり、自由に寛いでいる。 人間には忌み子と呼ばれる塑羅に対しても、動物達は『大丈夫だよ』と優しく包み込んでくれる。塑羅のことを温かく迎えてくれる。 孤独な少女にとって、掛け替えのない場所だった。 「…うん、もう……大丈夫」 もう時刻は夕暮れ近く。 そろそろ帰らなければ。姉はもう家に居るかもしれない。 …また来てね。 動物達が別れ際に必ずそう言ってくれることが、友達もいない塑羅にとって、どれほど嬉しかっただろうか。 塑羅は満面の笑みで、動物達に手を振る。 「ありがとう!…悲しくなっちゃった時だけじゃなくて、何か嬉しいことがあった時も…わたし、話しに来るね!」 ──それから数年。 塑羅は十二歳になり、性格に様々な変化が現れ始めた。 口数が減り、感情の起伏が乏しくなった。 自分の意見を全く主張しなくなった。 さらに見た目に関することと言えば、後ろ髪に加え前髪も伸ばし、左目を隠すようになった。 …そうしたところで、忌み子と呼ばれる状況に変わりは無かったが。 そして、あの泉には毎日行くようになった。 姉が仕事に出たのを見送り、トーヤがやってくる前に家を出る。 その後は動物達と共に夕暮れ時まで過ごすのだ。 …来た。忌み子だ。 …今まで何処に行ってたんだ? さあな。…まぁ、忌み子のことだ、どうせロクな場所じゃねぇだろ。 それもそうだな、ハハハッ! 聞こえよがしに笑う二人の脇を通り過ぎる。 …これくらい、どうってことない。 …おぉ!あそこに居るの、凪沙ちゃんじゃねーか!? 本当だ!お〜いっ!凪沙ちゃ〜ん! おい、抜け駆けすんなよ!待てー…… 塑羅は慌ただしく駆けていった二人を一瞥し、ふっと溜め息をついた。 (相変わらず大人気……) 二人の向かった方を見ると、其処には人だかりが出来ていた。 凪沙は、正直気持ち悪い、と塑羅が思う程に集落の人間達から寵愛されている。 彼女の為なら、それこそ塑羅のこと以外なら何でもしてやるのだ。 だが、そうやって甘やかされても、彼女がそれに縋ることは無い。 自分の力でしっかりと働く姿や、心優しい彼女の性格は、更に人の心を魅了する。 これぞ恐怖のサイクルだ、と塑羅は思う。 …でも。 (姉さんは優しいから当たり前か) 優しいからこそ、自分を慕ってくる人達を邪険には出来ないのだ。 …例え、自分を慕ってくる人達が、妹を罵倒する人達であっても。 (…………) 塑羅は、自分でも驚く程に冷静になっていた。 大好きな筈の姉のことを、まるで他人事のように見ていた。 …今でも、大好き……なのだろうか? 孤独だった自分に名前をくれて、今でも自分の世話をしてくれている人。 感謝しているし、いつかは恩を返したいと思っている。……が。 (ぼく…姉さんのこと、どう思ってるんだろう…?) [*前へ][次へ#] [戻る] |