短編/外伝集 別離の先の光明 そして。 ついに、少女は聞いてしまった。 「私…どうすればいいの!?塑羅と集落の人達に板挟みにされて……っ!」 (…………え?) この日、塑羅は泉を出るのが何時もより遅く、家に着いた頃には完全に日が暮れていた。 しかし家の電気が点いておらず、不審に思った塑羅は静かに家に入ったのだ。…それが間違いだった。 「ねぇお母さん、お母さんはこうなることを見越して、手紙にあんなことを書いたの!?教えてよっ、ねえ!!」 (ねえ…さ…ん) こんなにも取り乱す姉を見たのは初めてで、恐怖の感情すら沸き上がってくる。 「…ねえ、さ」 恐怖に耐えきれず、声を掛けようとした。が、ちょうど姉の声が被さり、かき消されてしまう。 「お母さんの言う通りにすれば良かったの…? あの子を、捨てれば良かったの?」 …え? 嘘。 どうして?ねぇ、何で? ぼく、何がいけなかった?おしえてよ、直すから。一生懸命直すから、ねぇ……。 それとも。 『生まれてきた』のが、いけなかったの…? 「姉…さん…」 「えっ…!?」 恐らく姉は振り向いたのだろうが、塑羅はまだ暗闇に目が慣れていなかった為、気配でしかそれを感じることは出来なかった。 「そんな…ねえさん……う、あぁああああああああ!!」 「塑羅!待って、塑羅!!」 酷いショックを受けた塑羅には、姉の悲痛な呼び声は届かなかった…。 家を飛び出して、走って走って、辿り着いたのは──。 あの泉だった。 「…ひっく、うぅぅ……」 動物達は居なかった。独りで泣き続ける。 ─ポツ、ポツ。……ザアーッ。 雨が降り始めたと認識した瞬間、大雨に変わった。 「………」 雨に打たれていると、頭が冷えたからか、冷静に物事を考えられるようになった。 (……そうだ。姉さんに今までの恩返し、しよう) こんな簡単なことだったのに、どうして今まで気付かなかったんだろう。 …ただ、自分がここから居なくなってしまえばいいのだ。 そうすれば、姉は自分と集落との板挟みに遭わずに済む。 自分に気を遣うことも無くなり、幸せな日々を送ることが出来る…! そうと決まれば、すぐにここから…この大陸から、立ち去ろう。 それが、今日まで生きてきた自分に出来る、たった一つの恩返しだった。 この大陸を出てどこに行くのかなど、考えてもいなかった。 …もし考えていたとしても、お金も食料も持っていない今、目的地に辿り着くよりも疲れて野垂れ死ぬ可能性の方が圧倒的に高いだろうが…。 宛てもなく歩き続けた。 森の大陸を出、風の大陸に入った。 …それから先のことは何も覚えていない。 気が付けば、倒れていた。 元々冷え切って感覚を失っていた身体が、地面に倒れたことでとうとう動かなくなった。 (…あぁ、終わるんだなぁ…) …結局、なんの為に自分は生まれてきたのだろう。 集落の人間も、母親も、…姉さんも、誰も自分を必要としなかったのだ。 …だったら、この生に何の意味があったのだろう? (ほんとうに、忌み子、だったなぁ……) 心の奥底で否定してきた言葉を、最後の最後で肯定する。 …今考えてみたら、自分にあまりにもピッタリな言葉だったから。 瞼が重くなる。 そろそろだと悟り、自ら目を閉じた。 さよなら、姉さん。 ごめんなさい。 ……。 (昼間はあんなにいい天気だったのになぁ…) 家路を急ぐ少年が一人、走っていた。 (カロレスさん達はどうしてるかな……仕方ないけど、中央大陸に行くのは明日にしよう………ん?) ─誰かが、倒れている? 「大変だ!……大丈夫ですか!?」 駆け寄ってみると、倒れていたのは彼よりも一つ二つ年下に見える…恐らく、少年。 幸いまだ息があるが、かなり弱々しい。 …身体も氷のように冷え切っている。いつから此処に倒れていたのだろう? 「……急がなきゃ…!」 このままでは、本当に死んでしまう。 彼は少年…いや、少女を抱きかかえ、家路を全速力で駆け抜けた──。 END. [*前へ] [戻る] |