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element story ―天翔るキセキ―
密かな喜び

ギルド内の『修練場』とは、九つの区切られた小部屋とそれを繋ぐ廊下を総称してそう呼ぶ。
小部屋の様子は外からは見えないようになっており、また簡易結界が張られているため中に居る人間が魔術を行使しても被害は及ばないようになっている。

ロックは空いている部屋が無いかと一つ一つ見て回る。
しかし、どの部屋にも誰かしらが居るようだ。扉の前には貼り紙がある。二つの枠線が引いてあり、そこにはそれぞれ現在の使用者の名前と、使用時間が書かれた貼り紙があった。

やっぱりか。ロックは肩を落とす。
そもそも、今は集魔導祭も近い。いくら修練場の使用時間は一回に二時間という規則があるとはいえ、九つしかない修練場の競争率が高いのは当たり前といえる。

落胆しつつ見て回ると、最後の部屋…突き当たりで、よく知る名を見た。
「…セイル」
紙に書かれた文字を指でそっとなぞる。見た事のある筆跡、間違いない。

と、その時予想だにしていない事が起きた。
「…え?」
突然、扉が向こうから開けられたのだ。
「うわわっ、――痛!」
貼り紙に注目していたロックは反応が遅れ、驚きのあまり身体のバランスを崩してしまう。
それでも何とか後退しようとするが、あえなく盛大に尻餅を着いてしまった。
「イたた…っ」
したたかに打ちつけた箇所をさするロックに、頭上から声を投げかける者が一人。
「…ロック? 何をやっているんだ」
勿論、部屋から出てきたセイルだ。首にタオルという出で立ちの彼は、訝しげにロックに声をかける。
彼からしたら、鍛錬を終えて部屋を出たら尻餅を着いているチームメイトに遭遇という訳が解らない状況だろう。

「や、やっぱりセイルは早いね。僕達と別れてからすぐ来たんでしょ?」
ロックは恥ずかしさを誤魔化すように苦笑を浮かべ、急いで立ち上がり話を切り出す。
セイルは汗だくで、髪の毛が額に張り付いているほどだ。
しかし息はそこまで荒くない。自分達と別れてからさほど時間は経っていない事を考えると、早めに切り上げたのだろう。
今は彼が前に立っているので確認することは叶わないが、扉の貼り紙にも30分程度しか借りない旨が書いてあったような気がした。

セイルはロックの質問に揺るぎない声色で答える。
「ああ」
ギリギリ、一つ空いていたのは幸いだったな。
「でも、珍しいね。いつもセイルは修練場に籠もるときっかり二時間まで入ってるでしょ?」
「まあ…そうだな。…今日に関しては例外だ」
曰く、此処に来た時の時間と夕食の時間を考えての事らしい。

…その答えを聞いて、密かにロックは喜びを感じた。
チームメイト同士で取っている食事。
セイルは鍛錬よりも自分達との時間を優先してくれた。ロックはそれがとても嬉しいのだ。
その気持ちが自然と顔に出てしまったのか、いつの間にか目の前のセイルは訝しげに顔を歪め。
「…なんだ、その顔は」
「えっ?」
「…まあいい」
ロックのことだ、シングやリピートのように妙なからかいでは無いだろう。
セイルはそう思い話を切り替えた。


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あきゅろす。
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