element story ―天翔るキセキ―
後悔はしない
それからロックは、自分が気を失ってから何があったのかをシングから聞いた。
ロックが気絶してすぐ、ランジェルが手にしたエリィのエレメントロックが強く光りだしたこと。虹色の光の帯を纏い、それがロックの身に吸い込まれていったこと。
その様子はまるで、光が意思を持っているかのように。――ロックを助けたのだということを。
「……オレも聞いただけで、その光景を実際に見たわけじゃないけどさ。……みんな、思ったよな? ――エリィが、助けてくれたみたいだって」
「…………」
シングの問いかけに、誰もが無言で、しかし心はひとつだった。ロックの手に遺ったエレメントロックは、エリィの心のカケラなのだから。
「……エリィ。ありがとう……」
エレメントロックを胸に当てて、ロックは瞳を閉じる。エリィの温度が、石から伝わってくるような気がした。
ロックが目覚めたという報せは、その後彼が直接ギルドマスターらの元に向かったことで周囲に伝わった。
響界はどこもかしこも浮き足立っており、身を寄せ合って祈りを捧げる人々もいる。
「……誰に、祈ればいいんだろうな」
ギルドマスターの元へ向かう道すがら、シングが小さな声でそう言っていたのが、ロックの耳に強く残っていた――。
「いいのか、ランジェル」
「……何がですか」
会議室。ギルドマスターと代表が、つい先刻まで今後について話し合っていた場所だ。
リーブ達の処遇、目を醒ましたロックとの会話、そして――女神イリスへの対処。様々なことを話し合い、ようやく収束を迎えた間もなくのこと。
「お前は、エリィのエレメントロックを破壊すべきだと、誰よりも言っていたからな。……今回の決断に、思うところがあるんじゃねぇかって、な」
他のメンバーは休息の為に退出しており、この場にいるのはヴァルトルとランジェルだけだ。
神妙な表情で問いかけるヴァルトルに、ランジェルは暫し考える素振りを見せ。……深い溜め息を吐いた。
「……果たして、この選択が正解なのかは分かりません。未だに、反対する気持ちも僅かながらに有ります」
代表であるヘリオドールが、最終的に下した選択。女神イリスの粛清を止める選択とは。
――ロックとギルドマスター達……女神へ対抗する術を持っている者達が、女神の宮殿へと赴き、戦う道だった。
しかも、宮殿には魔物もいることを加味して、ロック達の体力を温存する為に、現在捕らえているリーブ達も戦力に追加すると。代表の決定は、そういったものだった。
「もしも、あの石が女神の元に渡れば……さらに敗色濃厚になります」
エリィの遺したエレメントロックは、力の弱かったロックの戦力として数えられている。
彼の髪の色や瞳の色が変質したのは、エリィの力が注ぎ込まれた結果なのではないか。その推測に伴って、彼女のエレメントロックを破壊するのは得策ではないと代表は判断したのだった。
「……そうだな。確かに、その可能性も無くはない」
ヴァルトルもまた、迷いを抱えていた。ロックがエリィを想っているのは知っている。けれど、本当にこれでいいのだろうか。
「……タイガ様は、あの少年に言っていましたね。『自分のやりたいことをすればいい』、と」
ランジェルの感情は複雑だ。敬愛していた、しかし自分達を裏切った、タイガの言葉。それはどこまでも優しく、ランジェルの知る彼の姿と何も変わらなかったから。
「……あの少年は、何かを決意していたように見えます」
目を覚まし、仲間達と共にここへやってきたロックは。――気を失う前のような弱々しさは、どこにも見当たらなかった。
「……追求しなくても、良いのですか?」
「……お前こそ良いのか? 疑わしいと思ったら、真っ先に追求するのはそっちだろ」
「……そうですね。確かに。……確かに、そうでした」
ランジェルは言葉を区切ると、窓に向かって歩き出す。
「しかし……あの少年に、借りが出来てしまいましたから」
「借り、か……」
外は雨が降っており、暗い景色を映す窓には幾つもの透明な線が引かれている。そこに手を付きながら、ランジェルは静かに続ける。
「いえ……どちらかというと、『彼女に』、でしょうか。……とにかく、彼らはタイガ様の命を救ってくれた。それは、とても……喜ばしい事だと、私は考えているのです」
例え、自分達を裏切った者であっても。そう思ってしまうのは、ギルドマスター失格だというのは理解している。
けれど、ランジェルは無意識にそう考えてしまったのだ。だから、エリィのエレメントロックを壊すという判断を強行することは出来なかった。
「もし、再び姿を見せたあの少年が、さっきまでのように気弱な姿を見せていたら、私はまだ反対したかもしれません。……しかし、それも無くなっていた」
犠牲もなしに理想を語るなと、かつてランジェルはロックに言った。あの時は狼狽えていた彼の姿は、もうない。
「……そう、か」
納得したように声を上げるヴァルトルは、『俺も同じだ』と頷く。
「迷いが消えたわけじゃねぇが……ここまで来たら、もうやるしかねえ。
ロックは、昔よりずっと強くなった。俺は親としても……仲間としても、あいつを信じたい」
お互いの考えを伝え合い、ヴァルトルらもまた、決意を固めていた。
女神イリスの『粛清の刻』まで、後三日。その内の貴重な一日の半分を、ロックは気絶したまま使ってしまった。しかし、後悔はしていない。
かつての自分――『エリオ』と名を残した彼との対話は、きっと絶対に必要だったのだと……そう思えるから。
それからの二日間、ロックは東ギルドに帰って、シング達や他の魔術師らと鍛練に励むことを決めた。
――絶対に、後悔したくない。ロックだけではない、誰しもが、そう心に誓いながら。
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