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element story ―天翔るキセキ―
ふたつの約束

 ――それは、まだロックが気を失っていた頃。リーブは、他の仲間達の代表として、取り調べを受けていた。
 そこで彼は、自分がいつから暗躍していたのかやその切っ掛け、そして女神に関する情報を知っている限り話した。

「……確認させて。つまり、アッシュ・ロードとはもう行動を共にしていない……そういうこと?」

「ええ……元々、彼はいつでも抜けていいと、お互いに決めていましたから」

 取り調べは、話し合いをヴァルトル達に任せたナイクが行っていた。もちろん、護衛の魔術師も複数人つけている。
 リーブの両手にはエレメントの干渉を阻害する枷が嵌められていたが、彼はヴァルトルの側近だった魔術師だ。油断は出来ない。

「彼は……アッシュは、世界を変えたいというよりも……自分の魔術師に対する復讐心を、何かで晴らしたい。……そんな意思で動いていたと、私は感じています」

 リーブは心の中で、再会したばかりのアッシュが言っていた言葉を思い出す。


『……俺がお前に力を貸してやる? ハッ、なに夢物語見てやがんだよ。甘ちゃんが』

 リーブが自らの思想を伝え、協力を要請した時。彼は心底見下したような目を向けて、冷たく言い放ったのだ。
 しかし、何とかリーブは追いすがって伝えた。お前の力が必要なのだと。だから協力して欲しいと。

 リーブには、ひとつの考えがあった。今、孤島にはカヤナ達のような魔術師ではない者や、響界に所属していたがそのやり方に異議を唱えて逃げ出した者達がいる。
 そんな彼らと接することで、アッシュの荒んだ心も和らぐのではないかと。そう思ったのだ。

『……リーブ。もし、もしもね……。
わたしがいなくなったら……。

 その時は――アッシュのこと、よろしくね。アッシュは、寂しがりやだから』

 ――セフィが遺した言葉。かけがえのない約束。それもまた、リーブが突き動かされている理由だった。

『…………いいか、これだけは忘れんじゃねェぞ』

 そんな想いで根気強く呼び掛けたお陰か、何とかアッシュの協力を取り付けることが出来た。
 喜ぶリーブを忌々しげに見つめながら、アッシュは吐き捨てる。

『俺はお前に力を貸してやるんじゃねぇ。気まぐれで付き合ってやってるだけだ。

 ――もう必要ないと思ったら、すぐに抜けるからな』

 いわば、交換条件のようなものだった。リーブはアッシュの力を借りる代わりに、彼の脱退に何の文句も挟まない、と。
 それが――約束を結んでから数年後の今になって、果たされたのだ。


「……そう……」

 時は現在に戻り。リーブの説明を聞いたナイクは、複雑そうに目を細めた。
 彼女も、もちろんヴァルトル達も、選民思想を持つ魔術師がいる現状に頭を抱えていた一人だった。ヘリオドールなど、それが理由でギルドを抜けていたのだから。

 ……しかし。

「貴方は……女神の力を借りれば、本当に……その願いが叶うと思っていたの?」

 彼らの行動が、今の状況を招いた。その事実について、咎めなければならなかった。
 ナイクの問いかけに対し、リーブは僅かに顔を歪めて。

「……ええ。叶えられると、思っていました」

「女神イリスの危険性について、考えなかったわけではないのでしょう? なのに、」

「――それでも。行動することを、諦めたくはなかった」

 まっすぐにナイクを見据えて、リーブは静かに語る。

「何もせず、どうすればと考えるだけ。……そんな事をしていても、解決にはなりません。

 目の前に、理想の実現に至れる道が広がっていた。だから――私は、迷いなく手を伸ばしたのです」

「っ……」

 ナイクは、思わず口を噤む。考えるだけでは解決にならない――痛い所を突く、と内心で呟く。

 魔術師の間に広がる選民思想は、なかなか拭えるものではない。
 ギルドマスターという立場上、指摘すれば一旦は収まるものの、またすぐ元に戻る。
 意識の根本から変わらない限り、その人間の思想が変化することはないだろう。

(……タイガ。だから、貴方は……。

 貴方は、彼に協力していたの?)

 その考えに同意したから、だから自分達から背を向けたのか。……その疑問が湧き出るのを、抑えきれなかった。


 リーブらは、一部を除いて皆バラバラの部屋に連行されていた。
 一応の身体検査の為に、また監視の意も込めて医務室へ連行されたタイガ。非戦闘員であるカヤナやロウラは武装解除した上で響界の一室に。

「……あの、ベリルさん。こ、これを……どうぞ」

 そしてベリルとエルは、魔物に対抗する為の魔導具の製作に充てられていた。

「ありがとうね、エル」

 広々とした研究室。壁際に幾つもある戸棚には、各属性のエレメントロックが並べられている。
 他の魔導具技術者もいる中、彼女らの姿はどう見ても浮いていた。――特に、エルは。

「……ぼく、やっぱりお邪魔……でしたか?」

 片手剣の鍔を削り、エレメントロックを嵌め込む。ベリルのその様子を眺めながら、エルはぽつりと漏らした。
 ベリルは一瞬手を止めて、彼女に笑顔を向ける。

「そんなことないわ。……エルがいてくれるから、この視線にも耐えられるのよ」

 それは紛れもない本音だ。
 本来なら、エルはこの部屋に来るべきではない。なぜなら四年前、彼女が幾度も実験を受けた場所。――それは、ここにかつて存在した地下室なのだ。彼女にとって、トラウマ以外の何物でもないはず。

「……ぼくも、です」

 しかし、エルはベリルと共にいることを強く望んだ。消極的な所のある彼女が、主張した。それを受けて、ベリルや傍にいたカヤナらもヘリオドールにそう進言したのだった。

「…………でも」

 ベリルに応えるように、僅かながら表情を和らげたエルの顔が曇る。

「……みなさん、三日後には戦いに行ってしまいます」

「……そう、ね」

 正確に言えば、二日後の夜中になる。女神イリスが魔物を寄越してくるだろう時間より早く、出発する手はずになっていた。
 出来るだけ長く準備期間を設けつつ、しかし迅速に事を成すための時間設計だ。

「リーブさんも……タイガさんも……。アッシュさんは……いなくなってしまいましたけど……」

「…………」

 エルの言いたいことを察したが、しかしベリルは何も口に出来なかった。ただ黙って、彼女の言葉の続きを迎えるしかない。

 エルの方も、躊躇いがあるらしく。何度か口を開いたり閉じたりしていたが、やがて意を決したように。


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