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絵描きな僕とオタクな先輩。
お試し期間


先輩は手際良くフォークを配り、「では、食べようか。いただきます」と手を合わせる。

「ちょ、先輩……説明という説明をしてませんよ」

「別に食べながらでいいだろう」

またも前振りなしに突き進んでいく先輩に僕は口を出した。が、先輩はあくまで自分のペースを貫くらしい。フォークをふたつ使って、僕達に一切れずつケーキを配った。


「では、改めて。いただきます」
「いただきます……」
「……いただきます」

言い終えると、先輩は活海君に向かって告げる。

「さて、逆人君。今日は来てくれてありがとう。普段は接触を避けている癖に、自分勝手ですまないな」

「いえ……驚きはしましたが、別にそんな事は思いません」

「ふむ。やはり逆人君は素直でいい子だな」

ちらっと見られた気がするけど、僕はスルーした。うん、多分これが正しい行動だろう。


「まあ、食べたまえ。今日はな、逆人君に恋人が出来たお祝いをしようと思い、ここに招待したのだよ」

「お祝い、ですか」

「ああ。この間、君と一緒にいた子が彼女なのだろう? 私にとっても君は、大切な弟のような存在だからな。弟に恋人が出来たとあれば、祝いたくもなる」

活海さんの話によると、確かちゃんとした恋人同士ではない……という事だった筈だけれど。僕は余計な口を挟まず、先輩に任せた。

「……恋人、というか……『仮』なんです。彼女……深緒は、関わりの薄い俺とすぐに恋人なんて無理だと言ったんです。すると深緒の友人から、ならばお試し期間を設けようという提案が出て」

「ふむ、お試し期間か。つまりお互いに恋人の真似事をして、それで彼女の方が逆人君と本当に付き合ってもいいと思ったら、そこで初めて正式に恋人同士になると」

「はい、そうです。俺は深緒の事が好きですが、深緒の気持ちを無視したくはありません」

うわ……ここまではっきり『好き』って言うんだ、活海君。しかも深緒(みお)って、名前を呼び捨てで。
心なしか、活海君の声が今までよりも大きくなった気がする。少なくとも、何を言っているのかはっきり聞こえた。

本当に好きなんだな……その人の事。そう確信できる程に、今の活海君は堂々としていた。
きっとこれが、活海さんの言っていた『元気な姿』って事なんだろう。確かに、普段とは全然違う。


「いきなりのろけたな」
先輩は愉快そうに笑って、

「では、まあそのケーキは前祝いとして受け取ってくれ。君は優しい、魅力に溢れた子だ。そんな君が好きになった子なら、きっとお似合いのカップルになれるだろう」

「ありがとうございます……俺はそこまで立派な人間ではありませんが、深緒は本当に素晴らしい人です」

……。なんというか、……凄いな、活海君って。
いくら本人がいないからといって、ここまではっきりと好意を示す人は見た事がない。僕はただただ尊敬した。


そんな活海君を、先輩は見守るような目つきで見つめて。少しの間の後に、こう問いかけた。


「――ところで、逆人君。直子には、ちゃんとその子の事は話したのかな?」

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