蛇足
3
「なぁ、ところで楓さぁ。」
楓が空しさに溜め息をついていると、ベッドに寝転んでいた彦星がいつの間にか起き上がって楓の方に向き直っていた。
「何でツワリになってたんだ?」
まだ言ってやがる……!
「いや…、だから悪阻じゃないから。」
「いーんだよ!ツワリで!女の吐くのにだけ名前があるなんてズリーじゃん。」
「ズルイって……。せめて嘔吐って言葉を「オートって何だよ?!」
ダメだ……。
コイツと俺は絶対に相容ぬ存在だ。住む世界が違い過ぎる。
「なぁ、なぁ、“オート”って何だよ?」
そう目を輝かせながら尋ねて来る彦星に楓は目眩を覚えながら答えた。
「それも吐くって意味だよ。」
「それ、男だけが吐くのに使うのか?!」
「いや、男女両方に使えるけど……。」
「じゃーダメだな。やっぱ女だけ吐くのに名前があんのはズリーから俺はこれからもツワリって言うね!」
もう勝手にしてくれ……。
「んで、さっきの続きだけど楓はなんでツワリになってたんだ?」
「いや、俺乗り物酔いしやすくて。バスに酔ってたんだよ。」
あとこの学校へ通う事へのストレスだな。
楓はそう言い掛けたが止めておいた。
これは勘でしかなかったが今度もまた何か突っ込まれそうな気がしたからだ。
例えば“ストレスって何”とか。
「じゃー楓大変だな。これから毎日バス乗って来んだろ?毎日ツワリになるって事じゃん。」
「それもそうだね。確かに毎日バスだと辛いかもしれない。」
毎日この学校の不良どもと同じバスに乗って恐怖に震えながら学校に通う自分を想像して、楓は大きな溜め息をついた。
「……?そう言えば彦星はどうやって学校に来てるんだ?自転車じゃないみたいだし。もしかして家近い?」
「いや、俺実家福岡だから。」
「福岡!?福岡って九州の?!あの福岡?!」
ここ神奈川なんですケド!!
「当たり前だろー!他に日本に福岡ってねーよ?楓、他にも福岡あるって思ってただろー?福岡は日本にはヒトツだけしかねーんだぜ!」
馬鹿だなー、と笑う彦星に楓は軽く殺意を覚えた。
つーか…
「日本にはって……福岡なんて世界中捜しても絶対そんな名前の国は無いと思うけど。」
言った後で楓は心の底から後悔した。
何故なら、彦星がまた目をキラキラさせながらこちらを見ていたからだ。
こんな細かい事をこの馬鹿にいちいち突っ込んでいては話が全く先に進まないではないか。
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