蛇足 弟君、参戦 「あらぁ、今日はよし君おサボり?」 「いや……何か事情があるみたいでしたけど」 「きっと、おサボりよー、もうよし君たら」 サボるという動詞に“お”をつける人、初めて見た。 目の前でプンプンと擬音がつきそうな怒り方をするよしえに、楓は内心そんな事を思った。 学校が終わった後、楓は一人で花屋へと向かった。 そう言えばよしお抜きでバイトに入るのは初めてかもしれない。 楓がバイトに入る時はいつもよしおも一緒だった。 「仕方ないわねぇ、今日は楓ちゃんと私の2人で頑張りましょうか」 「そうですね」 楓は初めてのよしお抜きのバイトに若干の不安を覚えると、自分を奮い立たせるようにグッと拳を握った。 いつかはバイトだってよしお抜きでやらなければならないのだ。 早く慣れないと。 「よしえさん、俺、頑張りますね」 楓が力の籠もった目でよしえを見ると、よしえは笑顔で「頼りにしてるわ」と楓の肩を叩いた。 その時だった。 「ただいま」 昨日と同じどこか皮肉を含んだような声が、楓の背後から聞こえてきた。 「あらー、よしちゃんったら珍しいのねぇ。お店の方から入ってくるなんて」 「ねぇ、今日アイツいないの?」 よしえの言葉など全くのスルーでよしきは口を開くと、スタスタと店の中へ入って来た。 何故かその目は楓を見つめており、楓がよしきと目を合わせた途端、その目には嘲るような色が浮かび上がった。 この目… 嫌だな 楓がとっさに眉をひそめると、よしきは口元にニヤリと笑みを浮かべた。 「ねぇ母さん、今日アイツ……居ないの?」 「アイツって、もぅよしちゃん?よし君の事はちゃんとお兄ちゃんって言いなさい?」 「はいはい、じゃあその俺の“お兄ちゃん”とやらは今日居ないわけ?」 「そうよ、よし君今日オサボリなのよ?困った子よねぇ」 「母さん、サボるに美化語の“お”はいらないよ」 その言葉によしえが「よしちゃんは物知りねぇ」と言うのをよしきは軽くスルーすると、脇に居る楓に顔を向けた。 「ねぇ、今日“お兄ちゃん”が来ないなら……俺が店手伝おうか?」 言いながらよしきは楓から目を離さなかった。 「……………」 楓はジッとこちらを見てくるよしきに、よしおが電話で最後に言っていた言葉を思い出していた。 “よしきとは関わるな” 「(よしお君………)」 「よしちゃん今日はお勉強はいいの?」 「うん、たまには家の手伝いも……いい息抜きになるから」 「(早くもその警告、聞けそうにないや)」 楓は面白ろそうに此方を見てくるよしきに、 小さくため息をついた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |