蛇足
2
「彦星……苦しいから離してくれないかな」
「楓!オレここわかんない!!全然わかんない!早く教えて!」
楓の意識がよしおに向いてしまったのが余程悔しいのか、彦星はやけになったように先程まで楓に教えてもらっていた数学の教科書を指差しながら必死に叫んだ。
「うん、うん。わかったから。ちゃんと教えるから。ちょっとこの手を離してよ」
「やだ!離したら楓よしおと話す気だろ!!わかってんだぞ!オレ!」
彦星はそう言うと傍に立つよしおをギロリと睨みつける。
そんな彦星に対してよしおはフンと鼻を鳴らすと、彦星から顔を逸らした。
まったく……
楓は二人のその様子に軽くため息をつくと不機嫌そうに顔を逸らすよしおに目をやった。
あの日。
あの家庭科室での一件から、もう以前のようによしおが彦星に対して怯えたり避けたりすることはなくなっていた。
その変化に楓も最初は戸惑ったものの、最近では自分の知らないところで何かあったのだろう、そう思って納得するようになっていた。
その“何か”というのが何かはわからないが、よしおがこうなってしまったせいで彦星とよしおの仲は決定的に悪くなってしまった。
「(朝から疲れるな……もう)」
楓は彦星に胸倉を掴まれたまま、小さくため息をつくと未だによしおを睨み続ける彦星の顔を無理やり自分の方へ向かせると、彦星の目をじっと見つめた。
毎度の事ながら今回も楓と彦星の距離は、もうすぐで互いの鼻がぶつかり合うのではないかというくらい近い。
そんな楓の傍でなにやら息を呑むような声が微かに聞こえた気がしたが、楓はとりあえず目の前の彦星に意識を集中させた。
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