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つまりは、明日からまた1週間が始まるということ。
つまりは、また今日が始まったということ。

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『ねぇ、ミロは?』


遠のく意識の中、和真は徐々に冷たくなっていく腹の上のフワフワとした生き物の毛を撫でながら、遠い昔の事を思い出していた。

それは、和真が学校から帰ってきたある日の事だ。
いつもは和真が隣の家の前を通ると、お隣の飼い犬であるミロがワンワンと勢いよく吠えてくる。
その声に和真は腕を噛まれたあの日から恐怖を感じて仕方がなかった。

『ねぇ、ミロはどこ行ったの?』

けれど、ある日を境にミロは居なくなった。
いつも、いつも和真を見るたびにしっぽをあらん限りに振りながら駆け寄ってくる。
目をキラキラさせて。
とても嬉しそうに。

そんなミロが居なくなった。
あるのは、主の居なくなった空っぽの犬小屋だけ。
静かなお隣の庭だけ。

『ねぇ、ミロは?』

幼い和真は母親に尋ねた。
その問いに母親は少しだけ悲しそうな顔で『ミロは車にひかれて死んでしまったの』と答えた。

死ぬ。

死ぬとは一体どういう事だろうか。

幼い和真にはいまいち理解できなかった。
ただ、幼いながらにこれだけは理解した。
もう、二度とミロには会えないのだ、と。


空っぽの犬小屋を前に、和真はぽっかりと穴の空いたような気持を味わった。
それが飯塚 和真が初めて感じた“死”だった。


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ぽたり、ぽたり。
和真の頬に滴が流れる。
生ぬるいソレは次々と和真の頬を伝う。

もう冷たいフワフワの生き物。
そして、和真の体にすがりつくように覆いかぶさる一人の男。
暖かい、生きた人間の体。
和真の頬に流れるソレが、男の涙だと理解できても和真の意識は遠のくばかり。
大声で泣く男の顔が薄れゆく意識の端にこびりついて離れない。

(泣くなよ……、アソシエ……)

ふわりと浮かびあがってきたその想いのまま、和真は動かせているのか動かせていないのかわからない腕を、ゆっくりと動かした。
その手がフワフワの子犬の暖かさから、サラサラと手触りの良い髪の毛の感触を感じた時和真はほっとした。
アソシエはここに居る。
暖かい体のまま、ここに居る。

「アソシエ……、泣くな」

途切れる瞬間、和真は何故だか誇らしい気持ちだった。
何はともあれ。
自分は、召喚獣としての使命をまっとうできたという想いが和真の中を満たして仕方がなかった。












ピピピピピピピピピ


「っ!???」


覚醒。
和真は耳元でうるさく鳴り響くアラームの音に勢いよく目を開いた。
視界に広がるのは、いつも通り何の変哲もない薄汚れた天井。
そして、どうしようもない現実。

「っあぁぁぁ、何だ……あの夢」

和真は頭を抱えながらムクリと布団の上から起き上がった。
体からハラリと落ちたタオルケットは妙に湿っぽい。
その体中にねっとりとまとわりつく妙な不快感に和真は自分が大量の汗をかいてしまっていた事に気付いた。

「……帰ったら、洗濯しないとな」

和真は手に取ったタオルケットを見つめ、ぼんやりと呟く。
そして、どう足掻いても視界の端に移る出張の荷物。
洩れる溜息。
募る不安。
そして、

「でも、ほんと……変な夢だったなぁ」

少しの現実逃避。
和真は少し早めにセットしておいたケータイのアラームを止めると、ボスリと布団の上に再度横たわった。
カーテンから洩れる光に左手をかざす。
そこにはもちろん指輪なんてない。
彼女も居ないのに、左手の薬指に指輪なんかある筈もない。

確かにあれは夢だった。
夢でしかないのだ。


「………支度、しないとな」


和真はほんの少しの現実逃避の後、ゆったりと向かいたくない現実へと足を向けた。

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