転生してみたものの
決心したものの
ずっと一緒だと思っていたお前は、何の前触れも無く居なくなった。
なのに、今、もしかすると、お前はまた俺の隣に居るのかもしれない。
なぁ、敬太郎。
お前はあの“敬太郎”なのか?
お願いだから、答えてくれよ。
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第22話:決心したものの
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※一郎視点
10年前の冬。
俺の幼馴染、森田 敬太郎は死んだ。
事故だった。
いつものように、俺の家で受験勉強をして家に帰る途中、敬太郎は飲酒運転の車に撥ねられて死んだのだ。
その事実を、俺が知ったのは敬太郎が死んだ、翌日の事だった。
いつものように敬太郎が家に来る時間まで遊び歩いていた俺は、家に帰って、その日も昨日同様敬太郎がうちにやってくるものだと信じて疑わなかった。
いや、信じるもなにも、疑うも何も。
敬太郎が来るとか来ないとか、そんな事意識してすらいなかった。
(明日答え配るらしいから一緒に答え合わせしよーぜ)
そう言っていた敬太郎の言葉を思い出し、俺は昨日貰った過去問のプリントに目を通していた。
今まで全く開く事などなかった教科書を片手に、俺はできるところから少しずつ手をつけていく。
そんな事をしているうちに、俺はいつもの時間になっても一向に敬太郎がやって来ない事に徐々に苛立ちを募らせていた。
自分はこうして勉強して待っているのに、アイツは一体何をやってるんだ、と。
昔から、俺は待つのが大の苦手だった。
ジッとしているのがどうしても苦手で、昔、敬太郎が俺との約束の時間に10分遅れた時なんかは、走ってアイツの家まで行った程だ。
そんなワケで、俺は10分、20分と時間がたっても現れない敬太郎に、俺はついに立ちあがった。
正確に何時に来ると約束をしているわけではない。
しかし、これは余りにも遅すぎる。
俺は苛立つ心が少しずつ不安に覆われて行くのを感じ、敬太郎の家に向かうべく玄関に足を向けた。
しかし、その動作は突然鳴りだした1本の電話によって遮られた。
鳴り響く電話に、俺は何故だか嫌な予感が募るのを抑える事ができなかった。
ドキドキとうるさい心臓。
俺は背中に嫌な汗が伝うのを感じながらゆっくりと、電話を取った。
その後、俺は電話を受けてからの記憶がほとんどない。
ただ敬太郎が死んだという母親の言葉だけが、俺の脳内を埋め尽くし、電話が切れた後も俺はずっとその場に立ち尽くす事しかできなかった。
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あの家庭訪問の日から、俺の頭はあの日の事でいっぱいだった。
何をするにも集中できない。
耳の奥では、ずっと、アイツの声が鳴り響いている。
(……一郎?どー、した?)
そう言って笑ったアイツ……小学生の篠原 敬太郎の目は、ハッキリと“俺”を見ていた。
そう、あの日。
あの、二人で受験勉強をしていた時の俺を。
15歳の、野田 一郎を。
そんな事がある筈ないと、何度も自分に言い聞かせた。
あれは熱にうなされていた子供のうわごとで、大した意味はないのだと。
しかし、そうやって俺が何度アイツの存在を否定しても、湧きあがってくるのはあらぬ希望に満ち溢れた、ありえない夢のような現実。
あの日、アイツが俺に向かって放った言葉が、俺の理性を打ち壊す。
(プリ、ント……持って、来た……)
そう言って嬉しそうに笑うお前が見ているのは、確かに俺だった。
(答え、合わせ……しようって、約束した……じゅけん、のプ、リント。お前……ちゃん、と、したのかよ?)
あの日の成しえなかった約束を、お前は未だに覚えてくれている。
(きのう、約束した……。いっしょ、に勉強する、んだろ?明義、くらい受か、んないと)
同じ未来を夢見ていた、あの日のお前が、そこには居る。
あの、篠原 敬太郎という子供の中に。
ありえない、ありえない、ありえない。
だってアイツは10年前に死んだんだ。
そんな筈ない。
そうやって否定する自分を、俺は更に否定する。
じゃあ、あの時の敬太郎の言葉は何だ?
そうして俺は更にその思考に追い打ちをかける。
今までの“篠原 敬太郎”の中に感じてきた、懐かしい気持ちと、暖かい記憶は一体何だっていうんだ。
俺に出身高校を聞いてきたお前。
先生になるなんて凄いと言っていたお前。
職員室で、俺を助けてくれたお前。
俺にだって思い出す昔くらいあると言っていたお前。
小さな体で、俺の背中を押してくれたお前。
そして、あの作文を書いたお前。
あの時、お前はもしかして俺に向けてあれを書いたんじゃないのか?
あの日、あれを読んで感じた気持ちは、お前から与えられた感情だと思ってもいいのか。
なぁ、お前は………
「………敬太郎なのか……?」
俺は、あの日呟いた、答えのない問いを知らぬ間に口に出して呟いていた。
誰も居ない教室。
時刻は午後6時を回ろうとしている。
7月に入り、日も大分長くなってきたため外はまだ明るい。
しかし、もう既に校内には子供の声は一切聞こえない。
そんな夕日に照らされる無人の教室の中、俺は一人の生徒の机の前に立っていた。
「………敬太郎」
名前を呼んでも、やはり答える相手はいない。
しかし、俺は静かにその生徒……篠原敬太郎の席につくと、机の上に書かれた下手くそな落書きに触れた。
そして、その落書きの隣には算数の計算の後だろうか。
何やら計算の式のようなものの書かれている。
最初に見た時も感じた懐かしい感じのする字。
はねの部分がやたらと主張の激しいその字は、昔、森田敬太郎の書いていた字と同じだった。
なんでもっと早く気付かなかったんだ。
俺は日常のそこかしこに散らばっていた、森田敬太郎の痕跡に拳を握りしめた。
ここに、敬太郎が居る。
あの日以来、ずっとそう思い続けてきた俺だったが、いざ敬太郎を目の前にすると途端に何も言えなくなってしまう。
だってそうだろう。
一体、なんて声をかければいい?
「お前は10年前に死んだ、俺の幼馴染か?」とでも聞けばいいのか。
そんな事聞けるわけがない。
なにせ、あの日の事を、敬太郎は全く覚えていなかったのだから。
アイツは俺が来ていた事すら覚えていなかった。
俺の甘い希望が、確信が、もしかしたら簡単に打ち砕かれるかもしれない。
全部否定されるかもしれないのだ。
あの日の言葉は全て、熱によって生み出された子供のうわごとかもしくは、俺の深層心理が作り出した幻聴だったのかも、と。
そう思うと、俺は何も言えずにただ子供の敬太郎を通して昔のお前を重ねる事しかできなかった。
だから俺は、家庭訪問の日からただ何もできずに、普段と変わらぬ毎日を過ごしてきた。
しかし、それも耐えきれなくなってきた。
『けーたろ!けーたろ!』
そうやって敬太郎の傍に居る瀬川一郎。
俺と同じ名前の、敬太郎の幼馴染。
楽しそうに会話をする二人を見ると、俺はどうしようもないくらい胸が熱くなって、どうしようもないくらい苦しくなる。
『なぁ!けーたろ!』
『なんだよ?イチロー』
そう言って困ったように笑いながら、しかし優しげな顔で振り返る敬太郎に、俺は無理やり自分の方を振り向かせたい衝動に駆られる。
お前の幼馴染は、俺だろ!?
そう、叫びだしたくなる。
ずっと、お前の隣は俺が居る筈だったのに。
なのに、今、お前の隣に居るのは俺ではない、別の“一郎”。
もう、自分で自分がおかしくて仕方が無い。
こんな根拠も無い事柄に対して、嫉妬する程の強い感情を抱いてしまうのだから。
馬鹿だとさえ思う。
しかし、そう思いながらも俺はどうする事もできない。
どう足掻いても、その気持ちだけは抑えきれないのだ。
そんな俺の気持ちに気付いているのか。
最近のイチローの俺に対する目は、はっきりと俺に告げていた。
『敬太郎は、俺の幼馴染だ』と。
小さいながらにその目に宿す、俺への敵対心は、俺にもよくわかる。
大切な人の隣を奪われたくない。
全ての根底はそこにあるのだから。
俺が敬太郎を亡くしてからの10年間。
アイツだって敬太郎と10年間を共にしてきたのだ。
イチローにとっても、敬太郎は大切な、幼馴染に違いない。
だから……俺は今日、勝負に出た。
こんな不安定な感情のまま、あの二人の傍に居る事は、教師として許される事ではない。
俺は教師で、アイツらは生徒なのだ。
いらぬ感情であの二人を混乱させるのは、俺自身許せない事だ。
だから、俺はこの自分の中にある不確定な甘い夢を現実のものか否か、確かめる。
本当にアイツが俺の知っている、俺の大事な幼馴染であるのか。
証明しなければ。
俺は己の中でそう決心をしながら誰も居ない教室の中で、机につっぷしてゆっくりと目を閉じた。
全ては、夏休み。
俺はアイツと一緒に、行かなければならない場所がある。
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