転生してみたものの 背中を見送ったものの 夏休み。 俺はずーっとけーたろと遊ぶんだ。 旅行にだって一緒に行くんだよ。 ずーっと、ずーっと一緒なんだ。 だから…… 1日だけなら、せんせーもけーたろと遊んでいいよ! ----------- 第23話:背中を見送ったものの ----------- ※イチロー視点 俺は今、すごくワクワクしてる。 ほんっとに、ワクワクしてる。 「けーたろ!!明日から夏休みだ!」 「はいはい。それ朝からずっと聞いてるよ」 そう言ってけーたろは少し面倒臭そうに俺の事を見てくるけど、俺はそんな事ぜんぜん気にしない。 だって、今日は終業式だ。 今日が終われば。 「夏休みだ!!」 「だーかーら!お前はそれしか言えないのか!」 「言えない!」 俺はおれの額にデコピンをしてくるけーたろに勢いよく抱きつくと、グリグリと頭を体にこすりつけた。 もう夏だし、こうやってくっついてると凄く暑くて汗がベタベタするけど、俺はやめない。 だって明日からずーっとけーたろと遊べるんだ。 学校なんか行ずに、ずーっと遊んでいられる。 宿題がたくさんあってちょっと大変だけど、自由研究だって習字だって作文だって全部けーたろん家でやる。 一緒に勉強するのは凄く楽しいんだ。 だから夏休みの宿題も全然嫌じゃない。 「もー、イチロー。熱いよ。離れろー」 「やーだ!」 体育館で全校集会も終わった。 あとは教室で通知表を貰ったら夏休みだ。 けーたろは算数が苦手だから、昨日からずっと通知表の事を気にしてるけど、そんな事全然気にする必要ないと思う。 けーたろは凄く一生懸命勉強してたから、きっとテストの点数が悪くても悪い事は書かれてないと思うから。 もし、せんせーがけーたろの通知表に悪い事書いてたら俺がせんせーを怒ってやる。 けーたろの事全然わかってないじゃんって、怒ってやるんだ。 ………でも、多分、そんな事にはならない。 だって。 せんせー、けーたろの事、よく見てるから。 「おーら、席につけー。お待ちかねの通知表を配るぞー」 そんな風に俺がけーたろにくっつきながらせんせーの事を考えていると、丁度教室にせんせーが入ってきた。 だから、俺はけーたろが先生の事見ないようにわざとさっきより力いっぱいけーたろに抱きつく。 そうすると、けーたろの視線は俺の方に向けられるから。 「けーたろ!夏休みは何して遊ぶー?」 「もう!だから暑いってば!」 「…………」 あ。 やっぱり、せんせーは教室に入ってきて一番にけーたろを見た。 けーたろは、俺に暑いって文句を言って俺の事見てたから気付いてない。 けど、俺は見た。 せんせーが教室に入ってきた瞬間、誰かを探す様に教室を見渡して、けーたろの所で視線が止まった事を。 そして、その瞬間せんせーはちょっと不機嫌そうな顔をしたんだ。 最初に俺達のクラスに来た時に見せていたみたいな、機嫌の悪そうな顔でけーたろ……じゃなくて、けーたろにくっついていた俺を見た。 だから、俺も、せんせーを睨んでやった。 だって、せんせーはすぐけーたろを取ろうとするから。 けーたろは俺の幼馴染なのに。 何故か、せんせーの幼馴染みたいにせんせーはけーたろの事見る。 それが……俺には許せないんだ。 「おら!イチロー!敬太郎!さっさと席につけ!通知表が配れないだろーが!」 「いい加減にしろよ、イチロー!」 「うー」 さすがに皆席についているのに、ずっとこうしても居られない。 だから、俺はしぶしぶけーたろから体を離す。 だって、通知表さえ貰ったら俺達は夏休みだ。 そうしたら、俺はずっとけーたろと遊べるけど、せんせーはけーたろとは遊べない。 学校行かなくていいから。 そう思うと、俺は凄く嬉しくなって、知らないうちに顔がニコニコしてしまうのを止められなかった。 あーぁ、明日から何して遊ぼうか。 「よーし、明日から皆が待ちに待った夏休みだな?でもいくら休みだからって夜遅くまで起きたり、グダグダしながら過ごしたりするなよ!そんな事してると、夏休み明けの自分が一番きついんだからな!」 せんせーがそうやって夏休みの注意や約束事を言っている間も俺は全然せんせーの話を聞いてなかった。 別に聞きたくなくて聞いてなかったんじゃなくて、もう明日から何して遊ぶのか考えてたらいつの間にか、せんせーの話が終わってたんだ。 そして、いつの間にか通知表を配る順番すら俺の番まで来ている事に気付かなかった。 「瀬川一郎くーん」 「………………」 「おーい、イチロー!」 「…………っあ、はーい!」 俺はせんせーの声と、後ろからけーたろに椅子を蹴られた感触で、やっと今が終業式の帰りの会であった事を思い出した。 俺は急いでせんせーのところまで通知表を取りに行くと、せんせーは笑顔で俺に通知表を渡してくれた。 「ほら。1学期休まずよく頑張ったな!」 「うん!」 そうやって褒めてくれるせんせーに俺は嬉しくなって俺も笑ってせんせーを見上げた。 俺、せんせーの事嫌いなわけじゃないんだ。 ただ、けーたろの事、取るんじゃないかって思うと嫌な気持ちになるだけで、普通の時はせんせーの事凄く好き。 今までの小学校のせんせーの中でだって一番好きなせんせーに入る。 せんせーは面白いし、楽しいし、俺の事、怒るばっかりじゃなくて、こうしてたくさん褒めてくれるから。 「イチロー!夏休み、うんと楽しめよ!」 「うん!たくさん遊ぶよ!」 けーたろとたくさん遊ぶ計画も立ててるんだ。 お母さんに言ったら、今年の旅行は沖縄に連れてってくれるって言ってた。 もちろん、けーたろの家族と一緒。 だから夏休み、凄く楽しみなんだ。 俺はせんせーから通知表を受け取ると、中身なんか気にせずに席に戻ろうとした。 その途中、俺の直後に呼ばれたけーたろとすれ違う。 せんせーはけーたろには何を言うのかな。 そんな事を考えて席につこうとしたら、せんせーはあんまり大きくない声でけーたろに何か言っていた。 何を言っているのか、上手く聞こえてこない。 けど……最後の一言だけはハッキリと聞こえた。 「敬太郎、約束な?」 「はい」 約束? けーたろはせんせーと一体何を約束したの? 俺は席に着くとすぐに、席に戻ってきたけーたろに聞いてみた。 約束って何の事? って。 けど、けーたろは「ちょっとね」と言ううだけで全然教えてくれなかった。 さっきまで凄く楽しかった気持ちがどんどん沈んで行く。 けーたろとせんせーの約束。 ねぇ、けーたろ? けーたろは一体せんせーと何を約束したの? 何で教えてくれないの? ねぇ、けーたろはずーっと俺の友達だよね? せんせーのとこに行っちゃったりしないよね? 帰りの会の最初とは裏腹に、今度は俺はずーっとそうやってモヤモヤと嫌な考えばかり浮かんできて考えてしまった。 さっきまで好きだと思っていたせんせーまで、急に嫌な気持ちで見てしまう。 あぁ。 なんで俺、最近こんな事ばっかり考えちゃうんだろう。 けーたろの事、大好きで。 せんせーの事だって大好きだ。 なのに、こんな嫌な事ばかり考えてしまう自分が、本当に嫌で仕方がない。 俺、今、凄く嫌な奴だ。 俺がそうやって一人で落ち込んでいたら、いつの間にか帰りの会は終わっていたみたいで、けーたろがランドセルをしょって俺の隣に来ていた。 「イチロー?帰りの会終わったよ?早く帰ろう」 「……うん」 「どーしたんだよ。イチロー?さっきまであんなに元気だったのに」 「どーもしない」 俺は俺の事を心配してくれるけーたろに嬉しくなって、ちょっとだけ気分が上昇するのを感じた。 そうだ。 今から夏休みなんだ。 明日は朝からだってけーたろと遊べるんだ。 「ねぇ!けーたろ!明日、何して遊ぶ!?」 そうやって俺が笑顔でけーたろに向かって尋ねると、けーたろはその瞬間、気まずそうな顔で俺を見てきた。 「ごめん。明日はちょっと用事があって遊べないんだ。でも!明後日からなら遊べるから!」 「……え?」 俺はまさかけーたろと遊べない日があるなんて思ってもみなかったから思わず、裏返ったような変な声が出るのを止められなかった。 「明日、遊べないの……?」 「うん、ごめん。ちょっと約束があって」 約束……? 約束ってなに? 俺がそう思ってけーたろを見ていると、俺はさっきのせんせーがけーたろに通知表を渡していた時の言葉を思い出した。 『敬太郎、約束な?』 『………はい』 約束。 ねぇ、もしかして、約束って。 「先生と、約束してる事があるんだ」 「っ!?」 俺が言いだす前に、けーたろは思いきったような表情で俺に向かって口を開いた。 俺もまさかけーたろが自分で言ってくるとは思ってもみなかっったから、一瞬言葉に詰まってしまった。 「……本当は、言わないでおこうと思ったんだけど。やっぱりイチローには言っとくよ」 「………約束って?」 俺はグシャグシャな気持ちでけーたろに聞いてみた。 約束ってなに? せんせーとけーたろの約束って……何なの? すると、次にけーたろの口から飛び出したのは、俺も予想していなかった言葉だった。 「……俺にも、わからないんだ」 「へ?」 わからない? 約束なのに? 俺が不思議そうな顔でけーたろを見ていると、敬太郎は少しおかしそうな顔で俺に言ってきた。 「変だろ?先生は俺をどこかに連れて行きたいみたいなんだけど、それがどこなのか俺にはわからないんだ。本当は、こんな風に先生と二人でどこかに行ったりとかしちゃいけない事だと思うんだ。だけど、俺は先生と約束した。明日、先生と行きますって。どこかは……わからないけど」 「わかんなにのに行くの?ねぇ、やっぱり行きませんって言っちゃだめなの?怖いところかもしれないよ?」 ねぇ、だから行かないで。 俺は必死な目でけーたろを見て言った。 俺と遊ぼうよ。 先生との約束なんか破っちゃって。 俺と居てよ。 そう、必死に心の中で思った。 けど、 「それは……ダメなんだ」 「っ、なんで!?」 「俺は……先生と、約束したから」 そう言って俺を見てくるけーたろの目は、もう真剣で、きっぱりしてて。 俺は知ってる。 こう言う目をけーたろがする時は、絶対にけーたろは自分の行動を変えたりしないって。 だって10年間、ずっと一緒だったんだ。 けーたろの事なら、何だって知ってるんだ。 「ねぇ、イチロー?聞いて」 「…………」 けーたろは俯く俺の頭の上から優しく声をかけてくると、そっと俺の手をけーたろの手でそっと包み込んだ。 その手は夏なのに冷たくて、ひんやりしてて凄く心地よい手だった。 「本当はね、この事、誰にも言わないつもりだったんだよ?他の人に知られたら面倒だし、もしかしたら、先生にも迷惑をかけるかもしれないから」 「……………」 「お母さんにも言ってない。誰にも言ってない。けど……だけど……イチローお前だけには言わなくちゃって思った」 「……俺だけ?」 「うん。イチローだけには言わなくちゃいけない気がした。だってイチローはずっと俺の傍に居てくれたから」 けーたろがそんな事言うもんだから、俺はいつの間にか俯いていた顔を上げてしっかりとけーたろの顔を見ていた。 その顔には、俺の好きなけーたろの優しい笑顔があった。 「だから、俺は約束するよ。明日、先生との約束が終わったら……」 「………」 「夏休み、ずーっと一緒に遊ぼうな!」 「っ!?」 そう言ってけーたろは顔いっぱいに笑顔を浮かべて、握っていた俺の手を力いっぱい握りしめてくれた。 明日、けーたろは先生との約束の為に行ってしまう。 どこへ行くかわからない。 本当は行ってほしくなんかない。 だけど、けーたろは行くんだ。 約束を守るために。 だけど、 「約束、だよ?」 「うん、約束!」 けーたろは、俺とも約束してくれた。 せんせーとの約束が終わったら、今度は俺とずっと一緒に居てくれるって。 けーたろは、約束を破らない。 せんせーの約束を破らないように、絶対に俺との約束も守ってくれる。 俺は知っている。 こんな風に笑う時のけーたろは、嘘は絶対に吐かないって。 「けーたろ!今日一緒にお昼ご飯食べよう!」 「うん!一緒に食べよう!」 俺は笑いかけてくるけーたろに、一生懸命笑顔で返すと、二人一緒に手をつないで教室を出た。 今から、長い長い夏休みが始まる。 40日間の長い、夏休み。 だからね、先生。 1日だけ、せんせーに夏休みをあげる。 『イチロー!夏休み、うんと楽しめよ!』 そう、せんせーは俺に言ってくれたから。 だから、せんせー? せんせーも夏休み、うんと楽しめよ! 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