SHOUT−シャウト−
第1章(12)
ギターをかき鳴らす指が円を描きながら天を指す。
余韻を残しながら震える指。
それをゆっくり下ろし黒髪を揺らす。
「リナ、おまえサイコーだぜ」
ドラムからおりてきた大男に黒髪のギタリストはすっぽりと包まれた。
「おいジン。リナが嫌がってるじゃないか放してやれよ」
ベーシストがドラマーの肩をつかむ。
するとドラマーの腕から抜け出すように黒髪のギタリストがあらわれ息をはく。
「はぁ、苦しかった」
その声にドラマーのいかつい顔は情けないほど眉が下がる。
「す、すまん」
その情けない声に黒髪のギタリストはクククと笑う。
長い黒髪をなびかせたギタリスト。
その顔は天使のように愛くるしい。
眉はすっと円を描き、零れ落ちそうな大きな瞳はどこまでも澄んだ湖のよう。
その笑顔をつくる紅い唇はさくらんぼのように艶やかで、どこからどう見ても絶世の美少女である。
「だいじょうぶだよ」
美少女がスッとしょんぼりしたドラマーに近づくとチュッとリップ音をたてながら頬にくちづける。
すると情けなく下がったドラマーの眉が現金なほどあがっていく。
「リナーっ」
そして再び抱きつこうとしたドラマーから美少女を自分の横に避難させるベーシストがスカッと腕を空振りさせたドラマーに蹴りをいれる。
「ほらっ、馬鹿ジンから守ってやったおじさんにもチュウしてくれよ」
美少女に自分の頬を出す。
「うん、アオイちゃんありがとう」
美少女がにっこり笑ってベーシストの頬にもくちづける。
「はい、そこまで!リナ帰るわよ」
パンパンと手を叩きながら録音スタジオに唇を真赤に塗った美女が乱入する。
「えーっ!もう時間かよ」
「リナ帰るなよ」
美女が美少女の隣に並ぶ。その顔は同じ鋳型から作り出した人形のようにそっくりであった。
美少女が成長するとこんな美女になるのだろうかと思わせるほど。
美女は美少女の顔を見てため息をつく。
「あーっ、こんなにギターの音色はアノ人にそっくりなのに、どうして顔がアタシにクリソツなのよ。アノ人の髪型を真似ても女の子にしか見えないじゃん」
そう言って美女がスポッと少女の髪をつかむとスルリとその長い黒髪がはずれ、黒髪ウィッグの下からははにかんだような少年があらわれたのだ。
リナの本名は里中那音。リオのようになりたいと那音のナの前にリオのリをつけた芸名。
「いいじゃん、リナはこんなに可愛いんだからさ」
いかついドラマーは元HEAVENのジン。
「そうだよ、小さい頃から可愛がったナオがこんな美少女になるなんておじさんはうれしいよ」
ニヤリと笑うベーシストは元HEAVENのアオイ。
「あんた達はいいかもしれないけどね、リオそっくりに成長した我が子とデートするというあたしの夢はどうすればいいのよ。だって見て」
そう言ってリナの横に並び立つのは元HEAVENのマネージャーで現HRの社長をつとめる里中コウ。
「これじゃあ年下の可愛いツバメというよりはただの仲良し姉妹じゃないのよ」
コウの嘆きに誰もが苦笑を禁じえなかった。
「母さん」
「あらナオ起きてたの?学校はまだだから寝てていいのよ」
那音の週末は終わり、明日からはまた学校が始まる。
母の運転する車の中、那音は重たい目蓋を開ける。
「ぼくね、見つけたんだよ。リオのようなシャウトの声を」
コウはそっとバッグミラーでわが子の顔を見る。
「そう。いっしょに音楽するの?」
「ううん、まだわからない。だって真兄が邪魔するんだもん」
そう言って口をとがらす那音が可愛らしくてコウはクスリと笑う。
「真ちゃんはナオが大好きだからねえ。いいわ、あたしから釘刺してあげる。だから寝なさい、明日眠くて授業受けられなくなっても知らないわよ」
「うん」
やがて聞こえるスヤスヤとした寝息。
コウは那音の口から出た甥の真治を思い浮かべる。
夫と死別し、コウが頼ったのは実兄であった。
だからまだ幼かった那音と兄の一人息子・真治は兄弟同様に育ったのだ。
そして真治は那音を可愛がってくれた、というよりむしろ溺愛してくれている。
ありがたいことではあるのだが。
「ちょっと束縛しすぎね、真ちゃん。兄さんにも一言いっておかなきゃね」
那音を乗せた車は一路学園へ。
その学園の理事長こそコウの兄であった。
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