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ローヴェルの猟犬
1ー8 夜塔に浮かぶ刄と爪

 長い上昇が止まり、そのエレベーターの何重ものロックが解除される音が頭上で響き渡る。真上で閉じられた分厚いプレートが左右、上下に開いていく。
 一般人が死ぬまでに絶対に踏む事を許されない人工の地。その酸素すら薄く感じる場所、超級巨大タワー・ミモザの頂上へと俺とアポカリプスは辿り着いた。現在位置は、頂上の縁に一番近いRーF74区域。10の野球場が入りそうな程の、あまりにも広大な屋上の端だ。

「フェルガ。今更聞くが、罠に自ら飛び込むのはどういう心境だ?」

「くく、悪くねぇ。…が、そこまで馬鹿な事を望んでする程イカれちまった訳でもねぇ。人質を取られてんなら諦める他は無ぇよ」

 黒と白の入り雑じった猟犬は俺へと尋ね、それに軽く答える。まだ事態の真相を相棒であるアポカリプスへと語っていないのも事実だ。それでも死地へと共に来てくれた。愚かしい行動に疑問を浮かべるのも無理はないだろう。
 視線を後ろへ。同時に身体を旋回させ後ろを振り向く。強い風が吹き抜け服と黒の体毛を靡かせ、隣の爆撃師も俺に続いた。

 無言で、カトラス起動。赤い線が複雑に組み合わさり俺の異端なる巨剣が生み出され質量を持たせていく。アポカリプスの筒状の武器も完全させる。

 対峙した視線の先にはミモザの屋上の……水平線とも見える縁の輪郭が浮かび上がり、その手前に二人の影。生物的に有り得ない二つの長く赤い尾を持った小さな猫族と……黄金の体毛を持った黒に限り無く近い紫のマント羽織る猫族の男。

「フェルガ。奴等が対象か?」

 その言葉に視線を向けて、そして逸らし相手へ向けるだけ。

 そして──笑みを浮かべた。

 脚を弾き前方へと加速、初速度の時点で最高速度と化し右手に握った巨剣……長い柄、大型の鍔から骨組みの様な印象与える巨大な五枚の平行な刃を持つ……超鋼鉄の物理的破壊業物を取り扱うムルガド社のカトラス──ファーヴァラル──が鉄の地に五条の蒼き火花の尾を散らしながら距離を詰め、唐突に姿勢を低くした刹那、黒き尾の残像と火花だけを残し俺は跳躍。そこへ一瞬残された火花を貫き弾き大気へ散らしながら敵対者へと突き抜けたのは、爆撃師アポカリプスのカトラス製のバズーカから放たれた89mmの大型ロケット弾。更に続き二発放たれ、圧縮ガスの推進力で急速加速し──直撃。閃光が駆け抜けその闇を純白に染め、轟音が犬族の聴力を奪い去る。
 そして、真上から降り落ちた俺の五つの斬撃が五条の黒き雷撃の如く降り掛かる。

────が。

「ッッ!、ん、な!?」

「鎖に繋がれていようとも、やはり狂犬並みだな……。少々五月蝿い」

 俺の驚愕の表情の先には、黄金の体毛を持った猫族の獣人。包帯で右目を覆われたその男は紫のマントを風に靡かせ……闇を産み出した。
 闇は交差、自身を何をせずとも守る守護神の如く俺との空間に割り込み……そして、緑の目映い輝かしき光の刃を六本、盾としていた。その緑の光の熱量、破壊力に俺の五枚の刃を持つ巨剣ファーヴァラルが圧され……ているのではない。しかし、距離が縮まっていく。ファーヴァラルの刃が、まるでアーク溶接の光に裂かれる鉄の様に、いとも簡単に溶かされ壊されているのだ。

「フェルガッッ退けっ!」

 後方で叫び声。飛び退いた空間に鉈の様な刃物が食らい付き大気を両断、真紅の二股の尾が見え……次の瞬間にはアポカリプスのロケット弾が地へと圧縮ガスの勢いのままに叩き付けられ炸裂。鉄の破片と爆風が俺自身にも襲い掛かり耳や頬、腕を掠めて慣性と共に視界から遠ざかっていく。

 飛び退いた先で足を着き、更に弾き距離を取る。相棒と並び、ファーヴァラルの構成式解除。粒子に分解され赤き光の線が引き戻され消失。左腰のホルスターへ下げれば……右腰にキーホルダーの様にぶら下げていたメリケンを右手に填める。人差し指、中指、薬指、小指とを確りと握り、親指をそのダイヤル操作盤の付いたサイドへ置き、回転。

「カトラス音声認証。フェルガ=ボルケノス……"オルゲウス・ヴェルギア"起動」

 そのメリケンの形をしたカトラスから赤き光が複雑に組み合わさる。その右手を覆う様に。そして、黒き粒子が根本から次第に生み出されるその姿。機械的な破壊の拳が構成され始め──アポカリプスが構える。警戒し続けていたのだが、漸く行動に移し始めた二股の尾の敵対者に対し連射型カトラスバズーカ砲、雷筒-山嵐-のトリガーを深く引き、ロケット弾が発射され一瞬の間を置き圧縮ガスによる加速、瞬時の直撃。炸裂する火薬による空間の殺戮が起きる。が……しかし爆煙を二つの鉈の様な刃物で切り裂き現れた灰色の猫獣人は一切の無傷。後ろにあの黄金の猫族の扱っていた黒き蠢く影を纏わせているのが原因であろう。一瞬見えたその光景からの目測では、あの闇色のモノが一瞬で形を変え盾として二股の猫族を守っているのだ。立て続けに放つが、しかし無傷、無傷、無傷。辺りに放とうが直撃させようが、唐突に現れ展開される黒き防御壁を破壊しようにも正体不明。手の打ち様が無く遠距離攻撃の範囲ではなくなり運命の追い討ちか、五発装填されていた大型ロケット弾が尽きる。新たにロケットを取り出し装填するが、間に合わない。
 その灰色の猫族が笑いながら真紅の二つの尾を揺らし接近、高速の刃で薙ぐように振るい、

「んにゃはっ!オジサン遅いよ遅いよぉっ──ぁえ?」

 無言のままに、メリケンを填めた黒きその右腕は振るわれた。

 耳元でクラッカーを鳴らした様な炸裂音が鳴り響き、沸騰した赤い液体が破裂し弾け紅を辺りに散らす。

 人の電気信号の速度を完全に無視した、人工の反射速度でありそれでいて人そのものの中でも尋常ではない筋力、破壊力を持つ男と更にロケット弾と同じく圧縮ガスと火薬による加速が加わり……そこに、レイフェル社の特殊技術……接触部位に超パルスを与え分子振動による超加熱の破壊を与える死の武器は、薙がれた刃を破片と液状鉄、そして鉄の水蒸気へと変える。

 この殺戮の拳──オルゲウス・ヴェルギア──に破壊できぬ物理的存在は、無い。と俺は思う。

「んにゃ!?ちょっと洒落にならないようなっ!」

 武器を壊された灰猫は距離を取る。片方の武器を無くしただけでなく、左手そのものを血霧へと変えられた異端の猫族は驚きの声を溢すも、しかしそれでも笑っていた。左手と言えぬその先から肉片を溢しながら。

 圧縮ガス噴出口から湯気と、指の背に覆われたパルス機関からは翡翠の燐光灯す右腕のメリケン……否、機械的なナックルグローブの手首辺りを左手で操作しながら、動かぬ相手へ視線を向ける。残された片手で鉈の様な刃物を回転させ遊びながらも殺す機会を伺う灰色の、ふさふさの真紅の二股の尾を持つ猫族の子供。体格以外はメインクーン種にも見える……が。もう一人、黄金の体毛持つ……包帯を右目の眼帯とした紫のマントを纏う猫族は一切身動き無し。今思えば、出会った時から移動すらしていない。不可視の防御膜でもあるかのように、その足元だけが爆撃の影響を免れていた。

「……あの灰色は潰せる。キンピカは……あのヤロウ……ありゃ、あの六本の光は……恐らくは」

 あの黄金の猫族の扱っていた、と言って良いのかは解らないが、使用していたあの緑の光の正体は記憶から検索し見当たった。データ上だけではあったが、しかし僅かに相手への恐れがある事も事実。膨大な資本が存在するという暗示でもある、という事。

「成る程な……あれが、例のギレイアの新作。フェルガ、行けるのか?」

 アポカリプスも解った様だ。相手が何れ程の存在であるか。まだ武器と所有者が釣り合っているのか否か判断材料に欠けるが、それでも後者の言葉には耳をピクリと動かし、

「舐めてんのか?アポロ。俺様を誰だと思ってやがる?」

「まさか、俺の口から"ローヴェル最強の猟犬様です"と言わせたいのか?冗談だろう」

 言葉に噛み付いたが鼻で笑われ、俺はむっとする。が、訂正しておく事にする。

「仮にじゃないとしても、俺様とお前なら可能だろう?アポロ。さっさと、このテロリスト共を殺して終わらせるぞ」

「あぁ。俺も何の為にこんな狂気じみた真夜中の宴をしているか、知りたい所だからな」

 まだアポカリプスへはこの戦いの意味を教えてはいない。此所で食い止めなくては、此所で数を減らさなければ……どうなるか。この国がどうなってしまうのか、何も話していない。全てが終わった後に語ると言っただけ。誰の為の戦いか、誰の為に引き起こされたのか……全て。

 その為に、殺さなければならない。

「丸聞こえの作戦会議は終了か?野良犬。時間は無い。俺は同志としてではなく、感情の入らぬゲームとして戦っている。俺が死ぬか、貴様達が死ぬか……ただそれだけの事に多くの命が賭けられている」

「だから、今直ぐ起動させないってか?……都合の良い事だな」

 アポカリプスは黙って聞いている。入る余地が無いのだろう。

「故に、俺には無意味だ。所詮、"彼"の駒でしかないのだからな」

 先程の"同志"との言葉にも引っ掛かるが……狙いは、確かなものであり、それでいて意味不明。しかし譲れない、譲れる筈が無かった。
 自身の、命を。

「"彼"?……俺様に手紙を送りつけやがった奴、か?」

 その存在へ、投げ付けようのない静かな怒りを込めた視線を相手へと向ける。黄金の猫は真紅の片眼を向け、答える。

「彼はこのゲームの駒として俺とアルゼインをこの場所へ進めた。二つの駒として。……再開だ。貴様にも時間が無いのだろう?」

 灰色猫が右手を旋回、指の間を柄が舞い重量バランス釣り合わないにも関わらずそれを見せぬペン回しでもするかの如く鉈の様な武器をクルクルと廻す。そして地へ擦らし火花散らせれば、低い体勢を取る。二つの尾だけが上を向いている。僅かに背を更に屈め──

 閃光。

──ロケットが着弾。真横の排気音と煙を吐き出したアポカリプスのバズーカから灰色の猫へと放たれていた。
 だが同時にアポカリプスの左腕から後ろへ、クラッカーの様に鮮血と肉片が吹き出した。視認不能、炸裂とほぼ同時刻、耳で捉えたのは耳鳴りの様な金属音。

「仕返しだよっ。次は直接叩き込んであげるっ!」

 理解。炸裂した鉄の破片をあの刹那間に見極め腹広の鉈の様な業物で弾き飛ばし、その小さく鋭利な鉄の刃を弾丸として放ち、アポカリプスの腕を貫通させたのだ。その反射速度は、最早マトモな存在ではない証明。

 一気に距離を詰めてくる灰猫。

 既に尾の本数の時点で生物的に異常だったが……身体的な性能も化け物級。先程は相手の油断と此方の戦闘の未知知識領域があったから片手を殺げたが、あの機会を活かせなければ此方に戦える可能性があったかすら不明だ。
 アポカリプスの爆撃が繰り返される。しかし無数の鉄の嵐も見事に受け流され……だが片手が無い分か、血を残像として大気に残しながら駆ける。攻撃圏内に入りそうになり、アポカリプスが足を弾き距離を取る。すかさず俺がその二人の直線上へと立ちはだかり──そして屈んだ。

 頭上を俺の薙ぎ斬られた黒き毛が流れる。そして頭髪の焦げる匂いが鼻に突く。

 全て相手の計算の内であった。確実に遠距離支援をするアポカリプスへと接近を許せば俺がそれを遮りに来る、と……。俺の頭上を薙いだものは、黒々とした蠢く得体の知れぬ太い帯の様な、大蛇の様なものの先端に構成された三本のカトラス。ギレイアの新作と予測される三日月のエネルギー刃。何とか回避出来たが、俺の咄嗟な判断にしては出来が良い、と自画自賛してみる余裕を下さいと思いながらも灰色の猫が真紅の二股の残像残しながら低い体勢で突撃を仕掛けた光景が目に入った為に屈めた足を一気に弾きバック転。猫の右腕が振るわれ、僅かに熱が足を掠める。激痛が駆け抜ける。

 足を薄く裂かれ、血の軌跡を引きながらも着地し足を曲げて反動軽減。奥の金の猫と跳躍した灰の猫を視認、目線を横へ、薙ぎ払われたその三本の翠の三日月が更に旋回した光景を左に捉える。俺へと真横から襲い来るが、痛む足をそのままに前へと駆ける。その俺の居た場所の大気が勢い良く切り裂かれる音が響き、更にその場所に着地した足音。炸裂音が真後ろから響き渡り、丁度二対二の体勢から一対一の状況に持ち込めた事を確認。
 二対二では明らかに此方の分が悪いだろう。相手は近接と、近接兵器を遠隔操作する謎の者との構成……此方は前衛後衛とのチームワークとなってはいるが、相手のその問答無用な、遠距離戦でも近距離戦の様な未知の攻撃に戦略を狂わせられる。アポカリプスに近接の相手を任せたのは間違いでもあり、しかし相手の片手が無いという状態ならば近接だろうが…過去、隣国との戦争で爆撃師と恐れられた生ける伝説の一人、ジェノル=アポカリプスが敗北する筈はないと踏んだからだ。

 故に、問題は……俺の相手。このマントを纏った黄金の猫族の男だ。


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