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ローヴェルの猟犬
1ー9 狂い喰らう喜と気

 俺は駆ける。その黄金の猫獣人の元へと……その顔面をぶん殴り完全に破壊する為に疾駆し、大気を削ぎ駆け抜ける。距離が詰まり右腕を限界まで引き、相手との距離を完全に計算し振り抜こうとし……そこで、悪寒。無理矢理身体を右へ逸らしてそのまま肩から横転し受け身を取り右足を立てる。焼いた石に水を掛けた時の様な音が響き、視線を左へと移せば先程の進路上の大気が瞬時に熱せられ、地には六条の爪痕…鉄を溶解させ赤熱させた傷痕が残っているのが見えた。
 更に見えたのは黒。その黒に血管の様な紫の管が浮き出ていたのを視認した。そして、六つの光の刃も。それは追撃する事もせずに蠢いていた。

「歯車は回り始めた。止めてみろ、猟犬。……貴様等裏切者は黒の憎悪に刻まれる」

 歩く。歩く。金の尾を揺らし、右目を包帯で覆った金の体毛持つ猫獣人は、紫のマントを靡かせただ歩む。

「戦争の続きをしよう、フェルガ=ボルケノス。主は裏切者の君を赦しはしない」

 その言葉に、ギリと歯が鳴る。
 後方で剣撃の音と炸裂音が鳴り響く。

「馬ぁ鹿。昔話ズルズル引き摺って────しつこいんだよッ!」

 相手を貫く眼光向け、弾ける様に相手へと疾駆する。右腕の破壊の為の拳オルゲウス・ヴェルギアが翡翠の光を放ち残像として闇に軌跡を残す。
 正面、先には既に奴の両腕とも言える黒き何かが本体である黄金の猫族の男の元へと引き戻され、翠の六つの光刃を交差させ宿す。それが、悪魔が両翼を広げるかの如く、下の刃から順に左右へと開かれた。そして翼を思わせるそれは向きを変え迎え討つように、悪魔の爪として自身へと向けられ、意思を持つ蛇の様に放たれた。

 次の瞬間、一気に距離が詰まる六の刃がまるで網の様にXの字に交差される。接近しなければ自身が戦えない事を知りこのまま直進する事を見越して、この直線上の存在をただ通過させるだけで殺す、シュレッダーの様なそれに表情を引き吊らせる。更に軌道を変更しようとしたその思考すら読むように光の刃の出力と波長が調整され左右へと伸び過剰切断面積の範囲が増えた。思考時間の間に詰まってしまった距離の関係上横に避けようとしても明らかに下半身はサイコロステーキ化、立ち止まれば全身サイコロステーキ化、ならそのまま突き進めば良い……筈も無く同じ結論に達する。後ろを見てアポカリプスに助けを呼べる隙も無ければ、様々な殺し合いの音響く後方から今自身の陥っている状況を理解出来る者が居るとは思えない。伝説の後衛さんの力を信じたいが、事実、あの灰色猫も化け物なのだ。自身で解決するしかないだろう。

 ならば。

 右手から、その武器を外し、振り被って投げ付けた。翡翠の燐光が翡翠の光刃の網へと角が触れ、一辺が削ぎ落とされ血とも言える透明な化学燃料が溢れ…そのまま投げられた威力と速度のまま猫族へと直進し──閃光が視界を焼いた。限り無く純白に近い緑の光であった。
 途端に、網を構成していた六の刃が三の刃へ、大きな隙間が開くと共に揺らいだ。奴が、投げ放たれた此方の武器に対する防衛を片腕……その三つの刃を生み出すカトラスを持つ腕で行ったのだ。俺は、広がったその緑の光放つ三本の横網へと飛び込んだ。

 熱が交錯、一瞬大気に混ざり一体となり衝撃と共に熱され焦げ熱く冷たくもあり意識がその為に壊れるが修復、何が起きたのか理解しているが理解してはならず本能で理解を拒否、水音、拒否、赤、拒否拒絶否定。
 右手が着き、肘を折り右肩へと力を逃して受け身を取り反転、右足が着いた。更に左足。軽い事を研ぎ澄まされた感覚と痛覚にて、赤に塗り潰された左の視界にて理解するが認めない。生きている、生きているのだ。

 だからこそ、生き続ける為に、部分の死になど構ってはいられなかった。駆けられる足、敵を殺す腕さえあれば。

「────ッ!」

 激痛が脳に駆け巡る。口からは獣の咆哮が放たれ唾と赤を散らすがそれでも相手への距離を前のめりになりながら詰め、右手で腰から引き抜いたカトラス……ファーヴァラルが構成。真紅の線が空間を垂直、直線へと瞬時に蠢き五つの板の様な刃を形造りそれが黒の質量を持つ。その黒が先端まで行き渡り地を舐めバーミリオンの火花を上げる。
 目の前へと差し迫った相手の胸元、防御へと回っていた暗黒の腕が翻る。どうやら先程の此方の武器を投げ放った爆発にて奴のカトラスの二本が死んだようだ。が、三日月描く緑光の刃が一本生きている事が右目からの視覚情報で確認。

 勢い良く斬り上げる。衝撃と共に翠の閃光に視界の中央へと焼き付きが残り、食い止められる。だが最初の三本の光の刃と対峙した時よりは幾らか持ちこたえ、此方が純粋に力で勝り押して行く。そこに、部位への熱。無視。状況判断、音、動く黒、後方を見ずに警戒、脳内警報。瞬時に対策構成、完了。

「左腕の肉を骨の中程まで綺麗に削ぎ落とされ、左耳を千切り飛ばされようとも怯まない、か。猟犬というより、やはり狂犬だな」

 右耳からの、相手の声による聴覚の取得情報にて今まで一切を拒んでいた自身の損傷を理解。激痛が一気に目覚め始めて熱が生まれ心臓が竦み上がる思い。しかしまだ、まだ耐えなければならない。無視しなければ、確実に死ぬ。今はそれを無視して成さなければならない事があるのだ。

 下段から振り上げた形で止まっていた五つの連なった刃を、翡翠光の刃を右へと一気に振るい相手の黒の異形なる腕を弾く。
 そこで組み立てた対策、後方から一気に接近し自身を四等分するであろう三本の刃を停止させる為に……そのまま流れる様に遠心力のベクトルで綺麗に円を描きながら──左の空間の闇を切断。相手の異形の腕は完璧な闇であり隠蔽効果が高い、が、鍔迫り合いの時の翡翠の光が仇となり視認出来た。真後ろから迫る黒へと繋がる、有線ケーブルの意味合いを持つ黒き腕の存在を。

「────、……。」

 五つの刃に手応え、液体が散り、輪切りにされた部位と空中に放り出された大蛇が地面に叩き付けられる音が響き渡り……地へ擦られる三本の刃の焼ける音が耳障りに鳴り渡る。相手が初めて、斜めに包帯が横切る顔に驚愕の表情を見せた様に見えた。相手が飛び退き、真後ろは地平線、ミモザの端。だが俺は、相手の正体に気付き……戦慄した。

「……遊びには着いて来れる様だな、狂犬。対アルケオス装備の旧式だとしても、やはりオーダーメイドは性能が違うもの、か。良く効く」

「テメェ……化け物に身を売りやがった、ッ……のか!?」

 左腕と左耳と、足の僅かな熱、否、激痛により表情引き吊らせながらも冷静に相手を考えようとして、断念。狂気の沙汰にも程がある、とばかりに相手を見開いた目で見て……そして警戒解かずに、紫の血を流している切断された相手の黒へと視線を向けた。

「アルケオスを、身体に移植する、っ……て、……何者だっ……何処の差し金だテメェッ!」

 相手の扱う黒は、アルケオスであった。環境に適応し自在に生物の部位を造り出し生み出す、正体不明の生物兵器を自身の身体で扱っていたのだ。白ではなく黒である事から気付かなかったが、その性能や血から、事実である事を理解してしまった。
 現在、何処の研究所で製作されたのかも……何の事故で脱走したのかも根拠さえ存在せずしかし一般の常識として通じているアルケオスを、人体に用いるという理解不能な状況に混乱を招いていた。何故、理性も何もない化け物を取り入れ扱えるのか……そも、人類の敵とすら言われるその生体兵器を扱えるのか……そして資本の支援無しにそんな研究や人体実験が出来るのか。今の敵は、何処でこの様な姿となったのか……不明瞭な点が有り過ぎる。

「錬金術を知っているか?……その核に辿り着けば、全てを理解する。だが、お前はその犠からの憎悪を買った。故に、」

 全く意味不明な状況に意味不明な言葉を重ねられ、俺は一歩引く。だがそれとは反比例する様に右手に握った五つの刃を持つ巨剣ファーヴァラルを更に強く握り締める。
 そして黒に限り無く近い紫のマントを靡かせ……右腕、否、アルケオスを露にする。その腕からは、何かが産まれようとしていた。

 金の猫は口を開き、

「お前は憎悪の闇に喰い殺されろ」

 口の端を歪めて笑った。










「──にゃはっ!さっきのは驚いたけど、もう大したことなさそうだねっ?」

「……、ッ!」

 灰色の尾が二本、翻ると同時に一条の銀。それは既に残像となり一瞬前の俺の居た空間を切り裂き、逃げ遅れた胸元の服と体毛が裂かれ細かく散った。
 腕の挙動から更に斬り返してくる事を判断。構成していたバズーカ砲の角度を下げて砲身の先、砲口を相手の足元へと向けると同時に引き金を引き切る。

 榴弾炸裂。既に左腕で目を覆っており、その荒れ狂う爆風と鉄の破片を遮った。全身に針が突き刺さる熱と痛みが襲う。それでもこの痛みを対価としなければ接近を許され──

「──炎の中からコンバンワっ!」

 相手の声から瞬時に判断し咄嗟に下がるが、腕へと銀が縦へ一閃。背筋に冷たいものが駆け抜ける。物理的に、相手の刃が左腕の骨に触れた感覚が伝わったのだ。

「ッ──!」

 咄嗟に、右脚を畳み膝を上げ……目の前に現れた猫獣人の腹へと一気に爪先を振り上げて蹴りを入れる。その黒い迷彩柄の軍靴の中で、ガチンと重い音が響き──光が視界に映り、耳の鼓膜を銃声が貫く。大量の血の軌跡と共に放物線を描きその猫獣人は吹き飛んでいき、地へと叩き付けられた。

 左腕をだらりと下げて、荒い息を整える。左腕の裂けた熱が確かな激痛と変わり行き、歯を鳴らす。散弾の薬莢、ショットシェルの装填された仕込み銃が取り付けられた右靴の爪先からは、硝煙が小さく立ち上り、軽い風に流され鼻を突いた。
 心臓を零距離、そして散弾で撃ち抜き……対象は即死。しかし警戒を解く事は出来なかった。それどころか、更に強めたのだった。

「……んにゃはっ、痛いなぁ……お兄ちゃんっ。血が止まらないっぽい感じだよー?」

 プレートをスライド、二発のロケット弾を装填。

「でもサスガはカトラスの無い時代にも大活躍した爆撃師、面白いなーっ。色んな所に武器を隠してるっ。その袖にも刃物と銃が一つずつあるっぽいし、もう片方の靴にも。そしてそして、腰と脚のポーチには幾つもの爆撃用かな?すんごーっく危なっかし──」

 上体を起こした猫に、皆まで言わせずにトリガーを引き切り、直撃。

「でも銃を潰したから、あの時のようには行かないっぽくなっちゃったねっ?」

 爆発の煙の左側が、内側から何かが飛び出した様に広がっていたのを視認し、羽折の様な長毛の耳を背後へ傾かせると同時に旋回しバズーカを掲げて盾とする。強烈な衝撃が大きな金属音と共に降り落ちる。相手の胸元からは血が大量に滴るが、それでも相手の笑い声は変わる事がない。

 奴は、自分を知っている。

 確信した。自身の左腕、つまり銃が隠されている腕を使えなくしたのだ。事実、痛みで片腕はどうしようもない。あの時、というのは……隣国での戦争での事であろう。初めて異名を付けられた場所であり、その時だ。

「まあーいいやっ!英雄は墓の下がお似合いだからさっさとお亡くなりになられていいよっ!────んに、──!?」

「……消えろ────ッ!」

 俺は相手が更に斬り返してくる前に牽制で左足で相手の腹を鎌の様に薙ぎ払う。相手が一歩下がるが、しかしその足は残像すら残さぬ速度で振り抜かれ、重い感覚と共にその猫は右へと弾丸の様に弾き飛ばされ何度かバウンドしてうつ伏せに停止。そこまでの距離の過程には夥しい血が飛び散り付着していた。最後に、全ての終わりを告げる様に鉈の様な刃がミモザの屋上に突き立ち……完全に停止した。
 普通の犬族では完全に回避される蹴りであった。しかし、猟犬……ガゼルハウンド・サルーキ種の身体性能が圧倒していたのだった。単純な足の長さからでもあり、視覚猟犬という種である故に相手の僅かな挙動の予測から……相手を狩る為に培った経験、本能。全てが圧倒的であった。

「……化け物」

 それでも、左腕は潰された。爆発の煙で視界が遮られた為であると自己解決。この程度の怪我、とは言えないが、今の治療では簡単に元に戻るであろう。

 吐き捨てて俺は構え……バズーカの照準を合わせトリガーを引き切り。


 完全に殺した。



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