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ローヴェルの猟犬
1ー10 国を処刑する者

 場違いだが今更ながらに思う。先程失ったカトラスが特注の超高額であった事を。しかし相手の、たった一つでビル一件買える程のカトラスを複数個破壊したので此方の方が有利。勿論精神的な面で、恐らく。

 全身の…特に左腕の焼けるような痛みの中、思考を切り替える。相手を睨み、五枚刃の巨剣の柄を握る手が汗ばむ。目は背ける事が出来ないが、後ろの状況を片方のみの耳で確認。アポカリプスがケリを付けて此方に加戦した為に、相当有利となった……筈だが、相手の手は未だに不明のまま。

 相手は、アルケオスだ。自身のカトラスを全て捨て去り、その丸く太い大蛇の様な異端の黒き両腕の先端から……鋭く長い、死神の鎌の様な爪が左右計六本、航空障害灯の紅き点滅を背景として皮膚を突き破り産まれ出る様に現れる。表面に紫色の血管が脈打ち、しかしそれは内部へと溶け込む様に消えて濡れていた様に見えた艶が消え、明らかに硬度が高まった様子を見せた。証明するように、試すように鉄の地を引っ掻き火花と鋭い爪痕を残す。金の猫獣人が包帯に巻かれていない真紅の隻眼を向けて、笑んだ。包帯に巻かれ見えぬ筈のもう片方の眼が、淡い黄色の光を灯した様に見え──

「行くぞ、デュープ」

──刹那、それは始まった。暗黒が振るわれ足元が歪み一瞬にしてあまりにも強大な一撃が地へと叩き付けられ、超高層タワーであるミモザの頂上に使われている超硬度の鉄板が弾け飛び大小様々な鉄片が襲い掛かる。それを俺は一撃にて五閃の斬撃を横振りに放ち邪魔な鉄片を斬り弾く。途端、足元から繰り出される三本の鎌。初撃にて紛れた死の鎌に身体を四等分にされる寸前に後ろから突然襟元を掴まれて一気に下げられる。
鎌が僅かに脚へと掠めるが直撃はしておらず、血の気の引いたままに地面に叩き付けられる。左腕が死ぬ程痛い。死ぬ程痛いという言葉は日常で良く使っていた事を思い出したが、この程度では死なない事をやはり今更ながらに実感している俺が居て、その一瞬の無意味な思考を頭左右に振り掻き消して顔を上げれば自身の襟元を掴み助けた者の背が火焔の爆発を背景にして映る。

「フェルガッ!……逃げるか殺すか……今決めろッ!コイツは、」

 その爆煙が凶悪な爪により引き裂かれ、暗黒を左右に従えた黄金が飛び出る。真紅の隻眼が残光として映る程の速度で迫り、俺はアポカリプスの言葉を待つ事などせずに足を弾き血の跡を引きながらも喉の奥から叫びを上げ彼の横を突き抜けて巨剣を斜め上から打ち付ける様に振るう。

 相手は、片方の腕の鎌で防御。したかに見えたが……僅かにその超硬度の鎌の面を逸らし、此方の軌道を曲げて地へと打ち付けた。全力を乗せた五の刃先は地へと突き立ち、あまりにも大きな隙が生まれ……それでも、相手のもう片方の鎌が迫ろうとも俺はその巨剣を力任せに引き抜いた。
 瞬時に、光が炸裂。細かい鉄片と飛び散る火焔が荒れ狂い空間を舐め、至近距離での爆発に自身の肉の削げ落ちている左腕が焼かれ気が狂いそうな痛みに歯を食い縛る。自身のあまりに大きな隙があろうと、それを補える仲間が今は居る事を理解していた。一瞬、サーベラス猟犬自衛団に居た事を思い出したが、その思考を切り捨てて爆煙の中に目を凝らし敵対者を視認。

「こんな怪物、野放しにしてられっかよ……それに……」

 舌打ち。相手が一瞬で挙動を変えて左から爪を打ち込んでくる気であると理解。防御したとしてもそれが直撃すれば、殺られる事は明らかだ。
 それでも、左へと巨剣を盾として自身を覆う。煙を突き抜け衝撃が来る寸前に僅かに巨剣を傾け…耳に響く金属の摩れる大音響。後ろへと死の鎌が抜けていき、先程された様に軌道を反らしたのが視界に入ると同時に巨剣を無理矢理片腕で振り抜き旋回、五の刃が一閃し黒を断ち切る。紫の体液が撒き散らされてその返り血を浴びながらも左腕の時計へと一瞬目を向けて、表情を引き吊らせて後ろを振り向き叫ぶ。

「クソッ!時間が無ぇ……アポロ、全力で殺すぞ!」

 叫びは、しかし黒に遮られた。舞うのは、時計を着けた腕。何も思わず、空白の無音が流れて目を点として、その遅い世界を眺め──足を弾き飛び退いた。血が空中に跡を引いて、先程まで居た足場をズタズタに切り裂き破壊し、それだけで飽き足らぬ様に空間を殺す。空中に取り残され重力のままに落下する腕が餌食となり、時計は小さな金属片へ、腕は肉片へと変わり四散する。俺の左腕を斬り飛ばしたのは、奴の右の鎌だった。

 二人掛かりの筈が、余裕が無い。こんな事態は初めてで、確かに、恐怖が芽生えていたのは事実だ。

 視界が点滅する程の激痛が、突然左肩から襲い掛かってきた。何かを言った叫びが聴こえるが、聞こえない。俺は咆哮を上げる。
 右足を踏み出し、前へと倒れるかという程に低く、低く重心を保ち……自身の身体を弾き出す。左腕の無い軽さが違和感と感覚上の痛みとなり突き抜けるがその痛みを受けつつも接近、更に接近。黄金の猫が真紅の眼を向けて笑みを浮かべる。左から迫る黒の爪を、後ろから援護射撃として放たれた89mmの大型ロケット弾が直撃、炸裂。完全なる位置予測射撃に爪……否、鎌の根本の黒い皮膚と筋肉、血管と血液の混沌が火焔と共に大気に吐き出され俺の通過した真後ろを薙ぐ。接近、断ち切った黒の右腕を再生させている相手へと接近。

「……こぉお、れでぇええッ!っ、────」

 確かに、恐怖もある。余裕も無い。そしてクロストもレインも居ないのだ。しかし……だからこそ、此所で殺さなくてはならない。時間は無い。失敗は、許されない。

 睨み上げる。相手が僅かに怯んだような、驚いた様な表情を浮かべた様な気がしたが、今更関係無い。後ろで風を斬る音と、何かの声と重い液体の飛び散る音。踏み込む。何かの倒れる音。唯一の腕で振り被る。何かの声。これで────

「──終わり、だッ!」

────振り下ろす。

 五枚刃の黒き巨剣は一切揺れる事無く背から前方へ、完全な弧を描いて相手を殺す。まるで茹で卵をスライスする道具の様に、その五枚の刃は相手を捉える面積を持ち、そして一撃で葬り去れる力と速度を保っていた。

 目の前に、その抵抗が無ければ。

「────」

 五枚の刃が全て砕け散り、そして……相手が寸前で再生を間に合わせた即席故に硬度を保てずに崩壊した生物的な鎌も同じく砕け散っていた。

 ニィ、と……目の前の猫が、笑みを浮かべた。

「時間切れだ、猟犬」










「終わりだ。降伏しろ。……さもなければ貴様をこの場で処刑する。苦しみたくなければ、選択肢は解るな」

 暗黒の空も切り抜かれ小さな街灯により明るくも灰色の暗さ保つビルとビルとの狭間。車二台通れる程度のその路地。五人の犬獣人に包囲された漆黒に限り無く近い蒼の毛並み持つ猫獣人は言葉に、ポケットに手を突っ込みながら立ち止まる。
 暇だから外出した、というだけだが、流石に監視が付くのは当たり前と言えば当たり前か…と。だが武力行使されるとは思っても見なかった。

 何故ならその行動が、何れ程の命と未来を奪うか、知っていての事だろうから。

 振り向く。完全武装した犬獣人、カトラス兵器や……機械剣身の準カトラス兵器の装備。銃器や捕獲具、更には赤外線ゴーグルが見える事から、戦法を予測、解析。結果を導き出す。元々の予測と何ら変わらない結果を。

「……君達は、何故俺を殺そうと今動いたのかを理解出来ない。俺が犯人だと情報が回っていて、君達の頭では解っているならその行動の意味が解らないのか?当然遠隔操作が出来ない訳ではない時代だ。そうだろう?」

 子供でも解る単純な事を述べる。何故自身を今このタイミングで狙ったのか……低能過ぎて理解が及ばない。

「残念だったな、『アレ』はその危険性から、遠隔操作は不可能である造りだ。貴様の嘘は見え透いている。よって、此所で…その首謀者を捕らえ残党を掃討する」

「あぁ……馬鹿だな」

 隊長らしき人物に、呟きを落とす。相手は馬鹿の中の馬鹿だろう。その造った本人が此方に手を貸しているのだから。相手の予想は大外れ。つまり、自身の選択次第で……というよりかは相手の馬鹿な判断によって今国民の大半は軽く死んだ事になる。俺が今此所で、起動出来るのだから。地面を見詰めていた目を閉じる。

「まぁいいや」

 瞑っていた目を開く。その暗い暗い金の瞳を……相手を見上げる様に、蔑むように。

「来なよ。切り札は君達如きでは捨てない」

 そして、笑った。










「………な……、……何、なのだ……お前、は……ぁ……ッ?」

 私達の部隊が、此所まで包囲し……負ける筈など有り得ない。有り得る筈がない。煙幕榴弾と手榴弾、そこに超遠距離のビルからの狙撃、赤外線による視界戦闘での優位、カトラスを配備した精鋭部隊の人員的有利、不敗たる自身の完璧なる指揮、作戦……そして……万が一の為の、その座標半径5m内の生物を一瞬の内に消滅させる衛星レーザー砲"ユピテル"の精密射撃の直撃……。

……なのに、なのに……ッ……!

「君達の間抜けさは、見ていて面白いよ。安心してくれ、大丈夫。俺はホログラムでも何でもない、生身の猫獣人だ。そうだろう?」

 その大きく擂り鉢状に抉れ湯気を立てる地面は、中心部だけが……人が一人乗れる程度の地面だけが無傷で残されていた。アスファルトが溶解し、酷く蒸し暑く嫌な臭気がする。それは溶けたアスファルトだけでなく……それに埋もれ、またはビルの壁面に臓器をぶちまけその地面には上半身だけが驚愕の表情張り付けたままで居て。腕や脚が歪な方向に折れ曲がり腹から臓物垂れ下げ、赤黒く重い液体が壁という壁に貼り付けられていた。視線を、前へと向ける。熱の蜃気楼を背に、私の目の前に立つその漆黒に限り無く近い蒼の猫は右手を差し出した。

「ただの兵器産業のレイフェルにも専属の特殊部隊とやらが居たとはね。けれどどれも中途半端だ。でも、流石に最後のには驚きは隠せない。あれは何処から撃ってきたんだい?」

 答えられない。霞んでいく。命が、無くなっていくのがわかる。

「まぁ、いいや。丁度時間始める頃合いだったし。君達の行いによる過ちだとしておけば、上が大慌てするだろうしね」

 嫌だ、死にたく、────。

「さぁ、俺と踊ろう、猟犬共よ。……宴の始まりだ」

 空を見上げた、否……天に映るあまりにも巨大なミモザを眺めたその猫の声の中、視界と命が途切れた。


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