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ローヴェルの猟犬
1ー11 犇めき蠢く白き害悪

 紫色の血にまみれていた。革のジャンパーが重い。理解を及ばせれば、此方がロケット弾により撃ち抜き潰し、フェルガの活路を開いた攻撃……それにより崩壊し掛けた黒きアルケオスの腕が薙ぎ払われて俺へと直撃していたらしい。黒の肉片を片手で払い、そして手元にバズーカが存在しない事に気付く。代わりに、起動していないカトラスが二つ落ちていた。迷わずに拾っておく。個人識別登録が成されておらず、誰でも使用可能となっていた。

 俺は、立ち上がる。虚ろな目を前へと向けて、そして……目を見開いた。

「……フェル────」

 以降、言葉は出せなかった。その、航空障害灯の紅の点滅により生まれた二人の影により、理解してしまった。奴の胴の左半分が消失し空洞となり、壊れた左肺が震え、何らかの管がぶら下がり止まる事の無い血液を滴らせていた。右の肋骨が歪に歪み残され、脊髄が露となり引き千切られた服に体毛と血が。

 尾が揺れる。

「ア……ポロ、ッ……受け取れッ……!」

 此方を見ずに彼の右手から投げられる30cm程の棒状のカトラス。それを右手で受け止める。型番を確認し、そして再度、相手へと疑問を含めたような……そして何を意図しているのか理解しているが、認めたく無いような。だが、言葉に出す事は出来なかった。

 ギリ、と歯が鳴ったのを他人事の様に感じた。左手でカトラスを起動。赤き線で形作られる多くの物理的カトラス兵器とは違い、三日月の様な太く、薄い全長150cm程の……翡翠の光を放つ刃が生まれる。目を細める。紅い航空障害灯の点滅を背景とするその二人を捉える。歩き出す。

「アポロ……逃げろ……。そして……クロストと……レインに……ご、合流……しろッ……!」

 片方の肺だけで紡ぐ掠れた声。

 刹那、鼓膜振るわす超衝撃と閃光が一瞬視界一杯に蒼が拡がり、そして静寂に包まれた。見上げた空に、目を凝らす。闇に浮かび上がる一面覆う更なる闇、雲に大きな穴が穿たれていた。何が起きたのか、一切理解出来なかった。
視線を戻せば、黄金の猫もその空を見上げていた。

「もう……刻は、過……ぎた……。俺、達は……負けた、んだ……よ……この腐れたゲーム……にッ……!」

 そして不意に尾を揺らしマントの内へ隠し。再度現れたその尾にぶら下がる様に引き出されたのは小さな今時古い携帯電話であり。

 それを闇を映す空へと放れば、鋭いアルケオスの三本の左爪先で受け止めて耳元へ。

「……ルシルフだ。フェルガ=ボルケノスは瀕死。そろそろ死ぬ頃合いだろう。レイン=マークトライルとクロスト=メイスの姿は未だ確認出来ていない」

「アポロっ……お前が、お前達が止め、なければ……ッ!……あの馬鹿共二人をッ……こんな腐れた条件で、喪えないんだよッ!だからッ…………早く行きやがれぇえええっ!」

 それがフェルガ=ボルケノスの最後となった。止める暇すら無く一瞬で薙がれたそのアルケオスの黒き爪は、簡単にボロ屑の様な身体を引き裂き肉片へと分解し冷たい床へと叩きつけた。
 その爪の先から、赤の点滅を反射させた雫が滴った。

「時間だ」

 その言葉の終わりと共に、響くは地面の震動。ミモザの頂上、自身の足元の床が震え、等間隔に一辺約1m程度の六角形の切れ目が生まれ……あまりにも広大な頂上へと柱が立てられていく。何百在るかも知れはしない。自身の身長を越え、自身の約三倍程の長さを持ったその柱が、ミモザの頂上に生え揃っていく。
 呆然と立ち尽くした俺は、その柱が何らかの液体に満たされた、分厚いガラス張りである事に気付き……そして、その内部で幾多のケーブルに拘束されるように繋がれた球体を見て、戦慄した。

 視線を左へと向ける。顔も。その動作は非常にぎこちなかった。理解はした。しかし、認められはしなかった。

 綺麗に、等間隔に並んだその柱の間で、黄金の猫獣人は、口の端をを吊り上げて笑った。

「混沌の申し子よ、ローヴェルを喰い殺せ」

 全てのガラスがスライドし、大量の薬品臭い水が溢れ出し、その真紅の球体が全て地面に落ちる耳障りな多重音が響き渡る。これ程までの恐ろしい悪夢の始まりに立ち会えた事は今まで生きてきて一度として無いだろう。
 辺りで一斉に水音が響き渡る。俺の真横の球体は紫の触手を溢れさせ、その根元から触手を骨格として白き肉を生み出し構成されていく。

 フェルガは何処まで知っていたのか。これがゲームの敗北した場合の条件なのか。ただの遊びで、これ程までに恐ろしい事を考えたのか。
 だが、キーワードだけは確かに受け取った。活路も確かに。

「……レインに、クロストか。死ねんな」

 口に、右手に持っていたフェルガにより渡された棒状のカトラスをくわえる。空いた右手に、左手と同じくギレイア製カトラスを握り、親指で操作。質量の殆ど存在しない翡翠の三日月刃を構成。淡い緑の光が濡れた床に反射する。

 目を細めて、屈み──

──地面が大きく抉れた。

 既にそこには居らず飛び退き、地を抉り壊した白き異形の腕を……軽く右のカトラスを下から上へ振るい両断。豆腐を斬る程度の違和感さえ覚える感覚を受けつつも地へ足を着き、その反動を足を曲げて軽減し左へと跳ぶ。尾の先の毛が斬り飛ばされたが、その感覚だけで真後ろから襲撃を仕掛けたアルケオスへと左の刃を振るう。斬れた感覚がせず、視線を後ろへと向ければ全身から刃物が突き出た鳥の様な異形が水平に切り離されてコアが真っ二つになっていた。

 その光景の後ろには、数える事すら不可能な、様々な姿を纏ったアルケオスの姿があった。

 身体を逸らす。左腕に熱。放たれた細い槍、アルケオスの弾丸が掠めて地面に突き刺さっていた。その弾道の過程に自身の腕があった事を、僅かな切り傷、出血から認識。垂れた耳を微かに動かし、姿勢を低くすれば右方向へと一気に駆け出す。
 自身の真後ろの空間に何十もの槍が突き抜け地面と柱を貫き火花と水飛沫を上げる。唐突に足を弾き軌道修正、柱の根本を蹴り斜めに跳躍。刹那、その柱が粉々に粉砕した。まるで戦車からの砲撃の様なそれに巻き込まれ漆黒の煙に呑まれる。更に放たれる槍。

──それらを、一閃。斜めに切り裂かれた黒煙の中で一息吐いて更に駆け出す。

 先程の弾道から敵の位置を予測。その視線の奥に、生物的な、異様な姿を巨大な砲身があった。四つの象の様な脚を四方に伸ばし、そこから産み出された鉤爪が床に深く食い込んでいる。

 だがそれを確認した瞬間、地響き。横から駆ける巨体の姿。サソリにも似た異形が多脚を動かし迫る。後ろからは最初に片腕を切り落とした大猿の様な異形。

 剣術は銃術より苦手なのだが。と、口にフェルガから受け取ったカトラスをくわえながら思う。

 溜め息。一対一となれば敗率は殆ど無いだろう。斬り払った部位を完全に両断する刃があるのだから。それでも、数で押し切られれば何れは。
 ならば、決まっている。此所で数を減らせば街への被害は僅かに食い止められるだろうが、それでも、だ。アルケオスが何処か北方の研究所で造られたという噂話も嘘である事が判明。更に言えば此所、ミモザ……内部に関してはカトラスの大手でもあるレイフェル社が管理している場所から現れたのも気掛かりだ。

 それに、レインにクロスト……フェルガ。その三人の名が、何故出たのか。

 奴等は何者なのか。

 その問いの答えを全て暴き出す。その為に俺は生き抜かなければならない。

 右脚を軸に旋回、硝子の破片を靴底で擦りながらも背を低くし尾を靡かせ回避。頭上をサソリの鋏が薙ぐ。潜り込み内から片側の脚を右手に持ったカトラスで一気に斬り払い、紫の血飛沫を浴びつつも追撃。身体を捻りながら伸ばした左手のカトラスによる翡翠の刃が胴の端から中心、そして端へと両断。更に遠心力のまま舞うように一回転し右手のカトラス刃が斜めに斬り振られる。最後の斬撃がコアを綺麗に両断し溶解、その隙間から見えた光景は…此方へと猛烈な勢いで直進する異形。

 それは刹那の瞬間の出来事。右腕を、斜めに振るい急接近した異形を斜めに切断し左足を踏み込み右足を掲げる様に、垂直に振り上げる。挙動の過程すら見えぬ素早さから繰り出されたそれに、コアごと両断されて蹴り飛ばされた異形は慣性のまま左右に別れて後ろへと紫の線を引きながら吹き飛んでいった。返り血に舌打ち。
 直ぐ様そこから飛び退けば左右の手を捻り反転、逆手にカトラスを持ち三日月の翡翠刃で上空から降り注いだ白き槍を舞う様に刻み、弾き落としながら回避。その場に留まる事をせず一気に柱の間を駆け抜ける。化け物共の咆哮で鼓膜を震わせながら駆ける。息が僅かに乱れ舌を出したが、しかし直ぐに奥歯軋ませ顎を閉じ速度を上げる。

 途端、左からの衝撃に頭が空白になり、次の瞬間には仰向けに倒れた自身の上に誰かが馬乗りになっている姿が目に入った。

 灰色。

「んにゃははっ♪さっきは随分とずったんずたにやっつけら──」

皆まで言わせず顎を殴り飛ばし顔が一瞬上を向いたと同時に自身の膝を腹に付け引き寄せて……馬乗りになっている相手の腹を軍靴の裏で全力を込めて蹴り飛ばす。

「化け物が」

 一度殺した猫族の者に最大限の嫌悪の表情で吐き捨て飛び起きれば、後ろを振り向く。そこにあったのは、ミモザの地平線。暗黒と、その下の街の目映い無数の明かり。

 一層強い風が吹き、それに目を細める。全身の傷が痛む。休む訳には、いかない。

「仇討ち、か。俺の柄ではないが……」

 そのまま全速力で駆け、飛び降りた。










「あれれ、落ちちゃったよん?」

 灰色の猫獣人が縁へと顔を出して覗き、そして顔を上げて此方を見る。
 その横に立ち、吹き上げる風にマントと黄金の体毛靡かせながら目を細めて見下ろす。

「……自死するなら抗う男だ。亡骸の確認を──成る程、いや、アルケオスに追わせろ」

 更に目を細める。小さく、三角形の黒いものが急降下していく姿が見下ろした街の光達を背景にし視界に映っていた。


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あきゅろす。
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