03.初航海にて、灘波注意
私の考えは甘かった・・・。
ポジティブすぎた・・・。
そう、後悔した時には自分の不甲斐無さに嫌気がさしてきた。
朝から何も食してしなかった私の体は限界に達し、意識が朦朧として歪む視界の中、容赦なく照りつける日差しを避けるため木々に覆われた小さな公園へと足を向けた。
止め処なく流れる汗を拭い、腰掛けられるベンチはないかと公園を見渡した時、どこからともなくトランペットの様な管楽器の音がいくつも聴こえてきた。
コンクールに出ている人かもしれない。
ふとそう思った私は、目標をベンチから音の発信源の人に変えた。
もしかしたら千秋達の事を知っているかもしれない。
音が聴こえる方へ歩みを進めようとした時、視界が大きく揺れた。
真っ白で何も見えない・・・。
重い体を持ち堪えさせられる程の体力、気力を失っていた私は、抵抗する事無く意識を手放した。
「え〜ん!え〜ん!」
ベッドの上で小さくうずくまり、1人の女の子が泣いていた。
大好きだったママからプレゼントして貰ったハンカチをなくしてしまったからだ。
もう、ママには会えない。
だけどそのハンカチがあれば、会えなくなったママがずっと傍に居てくれているような気がして、寂しい気持ちを癒す事ができた。
なくなってしまったハンカチ。
それは再びママを失ったような気がしてとても悲しかった。
コン・・・コン。
どれくらい泣いていた時だろう。
ふと耳をすませると、どこからかコン、コンと何かを叩く音がする。
女の子はベッドから起き上がり、周りを見渡し音のする方へと近づいた。
それは窓から聞こえた。
カーテンが閉められたままであったため、外の様子を見ることができない。
女の子はカーテンを開き、目に飛び込んできた風景に驚いた。
「やっと気付いたな、みちる。」
そこには自分が良く知った金色の髪の男の子と、藤色の髪の男の子が木の枝に腰掛けてこちらを見ていた。
女の子の部屋は2階にあった。
窓のすぐ側には大きな木が植えられていて、男の子達はその木によじ登り女の子の部屋の窓をノックしていたのだ。
女の子は慌てて窓を開けた。
「ちーちゃん!ほうちゃん!危ないよ!!落ちたら怪我しちゃうよ!」
「そんなドジせんって。それよりこれみちるにプレゼントや。」
そう言って金色の髪の男の子がピンク色の小さな箱を手渡した。
女の子は言われるままにそれを受け取り二人の男の子を交互に見て、「これ何?」と首をかしげた。
「開けてみぃ。俺と千秋で作ったんやで。」
藤色の髪の男の子が笑顔で箱を開けるよう促してきたので、女の子は素直にピンクの箱に結ばれた真っ赤なリボンを解き蓋を開けた。
「ハンカチ?」
箱の中には薄いピンク色のハンカチが一枚入っていた。
「そや。広げてみぃ。」
四つに綺麗に折りたたまれたハンカチを広げてみると、上下にマジックで描かれた不思議な絵があった。
「う・・・うさちゃん?」
「ほら、言ったとおりや。千秋がよぅわからん絵描くからみーちゃん混乱しとるで。」
「変じゃあらへん!ちゃんとうさぎやろ!!」
「2人が描いたの?」
上に描かれた絵は、言われてみればうさぎに見えなくもない歪な絵ではあったが、下に描かれた絵は確かに可愛らしいうさぎの絵が描かれていた。
「ハンカチ見つけられへんかって、みちる落ちこんどるからな。」
「これで元気だしてな。」
そう言ってニッコリ笑いかけてくれた二人の男の子。
あまりの嬉しさに、女の子は再び泣き出してしまった。
「ありかとう。大事にするね!」
それからその新しい『うさちゃんハンカチ』は、私の大切な宝物になった。
マジックで描かれたうさちゃんが消えてしまわないよう、一度もそのハンカチを使ったことはない。
大切に、大切にピンクの小さな箱に入れられてタンスの中に仕舞われている。
今の二人にそのハンカチを見せらたらどんな反応をするだろう。
そんな事を思った時、遠くから懸命に呼びかける一つの声が聞こえてきた。
誰かが呼んでいる。
千秋かな?
ほうちゃんかな?
ほうちゃんだといいな。
そして私はゆっくりと瞼を開けた。
「あ!八木沢部長!!女の子が気が付いたよ!!!」
目を覚まして始めに視界に入ったのは、色鮮やかなブルーの瞳だった。
ほうちゃん・・・?
一瞬そう思ったけど、次に見えたオレンジの巻き毛を見て蓬生でない事を知る。
「急に動いちゃダメだよ。君、熱中症で倒れたんだから。」
はっきりとしない視界の中、オレンジ色だけがはっきりと見えた。
「水嶋、起きれるようなら起して水分を与えないと。」
『水嶋』と呼ばれたオレンジ色の巻き毛の少年に、後ろから緑色の髪の少年が声をかける。
「あぁ!そっか。大丈夫?起きれる?」
水嶋と呼ばれた少年に支えられながら、私は上半身を起し、緑色の髪の少年からペットボトルに入ったスポーツドリンクを受け取りゆっくり飲む。
カラカラだった体に水分が染み渡るのがわかり、私は欲するままにスポーツドリンクを一気に飲んだ。
「うわぁ・・・そうとう喉が渇いてたんだね。一気に飲んじゃったよ。」
飲み終わった時、今まで聞こえていた声とは違う、新たな声が聞こえ私はハッとした。
水分を補給した事で、視界もはっきりと見えるようになり、私は沢山の人に囲まれていたという事に気が付いた。
水嶋少年。
緑髪の少年。
顔に大きな傷がある少年。
眼鏡の少年。
太った少年。
見知らぬ少年達が心配そうに私を見返してくる。
ここは何処なの?
この人達は誰?
私は本当に見知らぬ土地に、見知らぬ人しかいないそんな所に1人で来てしまったんだ。
そんな所で本当に1人で千秋達を見つけ出す事なんてできるのだろうか。
脳貧血で倒れ、見知らぬ人に助けて貰っている自分。
このまま一生千秋達に会えないのではないか。
弱気な感情が沸々と湧き上がり、不安な気持ちで一杯になった。
「う・・・うぅ・・・。」
気付いた時には、私は大粒の涙を流し声を上げて泣いていた。
「えぇ!?どうしたの?どこか痛いの??」
急に泣き出した私に、水嶋少年はオドオドと慌てだした。
「火積の顔が恐かったんじゃないか?」
眼鏡の少年が顔に大きな傷がある少年を指差す。
「んだと。」
名指しされた少年は怒りを隠す事無く、ドスのきいた声色で眼鏡の少年を睨む。
「ふ・・・二人ともやめなよ。」
そんな二人の仲裁に入る太った少年。
「伊織の言うとおりだ。二人ともやめないか。」
緑色の髪の少年の言葉に、今にも殴りかかりそうだった傷の少年----火積が謝罪の言葉を口にした。
「すみません。こんな男ばかりに囲まれて恐い思いをさせたのなら謝ります。ですが、僕達はあなたに危害を加えるつもりはありません。安心して下さい。」
優しく話しかけてくれる緑色の髪の少年。
そう、いつも私が泣いているとそんな風に優しく声をかけてくれる人がいた。
今はいないその人物が恋しくなり、私は再び大声で泣き出した。
「うわぁ〜ん!ほうちゃん、ちーちゃん何処にいるのぉ。寂しいよぅ〜。」
泣きながら懸命に二人の名前を呼ぶ私。
呼べば何処からか二人が来てくれる・・・そんな気がしたのかもしれない。
この時の私は自分の事しか頭にはなくて、そんな私を困った表情で見ていた彼らの事など片隅にもなかった。
「ま・・・迷子かなぁ・・・。」
「こんなデケー迷子がいんのかよ。」
太った少年の言葉に火積が呆れた表情で答える。
「ねぇ、八木沢部長。この子の着てる制服、神南と似てない?」
泣き止まない私の隣に座り、肩を抱いて優しく撫でてくれていた水嶋が緑髪の少年----八木沢に問いかける。
八木沢は言われるままに私が来ていた制服をジッと見た。
この時私が着ていたのは、神南高校指定の女子制服で、ワインレットの半袖シャツに紺色のベスト。ひらがついた白いAラインのスカートをはいていた。
「そう言われると・・・確かに神南の制服に似ているような・・・。」
「部長!この子の持ってる鞄!神南の校章が入ってる!」
眼鏡の少年が私の鞄を指差し叫んだ。
「君、もしかして神南の生徒さん?」
八木沢の問いかけに私は大きく何度もうなずいた。
「千秋の知り合い?」
千秋・・・。
八木沢から出たその名前に私は涙で濡れた瞳で彼の顔を見上げた。
「千秋を知ってるの?」
「知ってるよ。古い知り合いだからね。」
「ほうちゃんは?」
「ほう・・・ちゃん・・・。あぁ、土岐の事かな?」
「私、千秋とほうちゃんに会いに来たの。ねぇ二人は何処にいるの?」
「今同じところでお世話になっているから、会わせてあげられるよ。一緒に来ますか?」
だから泣かないで。
そう言って八木沢は優しく指で涙を拭った。
二人に会える。
その安心から私は満面の笑みで大きく頷いた。
この後私は無事再会をした千秋にこっ酷く叱られるわけだけど・・・
今の私はそんな事知る由もなかった。
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