04.怒号舞い散る黄昏時
衝動にまかせた神戸から横浜への家出。
逃げ出したい、助けて欲しい。
そんな気持ちのままに私は二人を頼ってここまで来た。
それは蓬生からのメールが切欠であり、幼い頃より辛い事があったら慰めてくれた蓬生なら、今の私の心を癒してくれると信じていた。
そう、私の頭の中は8対2の割合で千秋よりも蓬生の事で一杯だった。
おかげで、私は重大な事を見落としていた。
怒った千秋がどれ程に恐いか、という事を。
「ホントにそいつ『みちる』なのか?」
《うん。『日向みちる』だと名乗ったよ。肩までの薄いブラウンの髪に、綺麗なオレンジの瞳の小柄な女の子だよ?》
「・・・・っぽいな・・・。」
次のセミファイナルの対戦相手である、神奈川県代表星奏学園のメンバーを同行させ、優雅に横浜見物をしていた千秋の携帯が鳴ったのはほんの数分前の話。
着信相手は母親同士が大学の友人で、小さい頃より親交のある『八木沢雪広』からだった。
宮城県仙台市に在籍する彼は、今回の『全国学生音楽コンクール』にて東日本代表をかけて星奏学園と対戦し惜しくも敗れた。
今は千秋達も世話になっている、星奏学園学生寮『菩提樹寮』にて夏合宿中である。
昔なじみであるとはいえ、頻繁に連絡をやり取りする間柄でもない八木沢からの突然の連絡に、何か緊急の連絡かと色々と考えを巡らせながら千秋は電話に出た訳だが、予想していなかった幼馴染の来着に信じられない思いでつい疑ってしまう。
だが、八木沢の口から出る『みちる』と名乗る人物の特徴を聞く限り、本人と同一する点が多く、まさかと思う心とは裏腹に間違えないと確信してしまう自分もいる。
深いため息の後八木沢との通話を終え、『みちる』という名前が出てから気にしてずっと様子を伺っている蓬生の顔を見返す。
「みちるが菩提樹寮に来ているらしい。急いで帰るぞ。」
「それ、ほんまやの?」
「話を聞く限り間違えないだろう。迷子の挙句、熱中症で倒れた所をユキ達至誠館の連中が助けてくれたらしい。」
「倒れたって・・・!」
「大丈夫だ。今はピンピンして俺のオレンジシャーベットをガツガツ食べてるらしいからな。」
表情から声色まで、全身から「怒り」のオーラを漂わせ千秋が眉を吊り上げ、口の端を引きつらせながら電話の内容を話す。
連絡もなく横浜へ来た事か、それとも自分の体調も顧みず熱中症で倒れた事か、はまたま好物のオレンジシャーベットを食べられた事か、どれが理由かは蓬生の中では大体予想ができたが、あえてそれには触れなかった。
みちるが来てる。
一ヶ月近くは会えないと思っていた幼馴染に会える。
それは蓬生にとって喜ぶべきものなのだが、自分達に連絡もなしに来たという事に不安の思いが過ぎるのであった。
日も傾き、西の空は夕日に染まっていた。
菩提樹寮の庭では星奏学園と至誠館の面々がバーベキューの準備をしていた。
至誠館高校のトランペット奏者、穂積の実家から大量の肉が送られて来た事で実現した焼肉パーティーだ。
テラスに置かれた長いすに腰掛けながらその様子を見ていた私は、ラウンジの方からバタバタと聞こえてきた足音で中を覗き見る。
「お前・・・どうして横浜に来た?」
見返した瞳に飛び込んできたのは、ゼーゼーと息をきらせ、額から流れる汗を手で拭う千秋だった。
「千秋!」
私は嬉しさから長いすから急いでおり、千秋のもとへ駆け出した。
「質問に答えろ。どうしてお前はここに居るんだ?」
両手を広げ抱きつこうとした私の頭を両手で突っぱねて、私の身長より遥かに高い千秋はわざわざ同じ目線まで屈み込み、ジッと睨み顔で私の顔を覗き込む。
「ど・・・どどどどどうしてって・・・ち・・・千秋とほうちゃんに会いたくて・・・。」
久々に見る千秋の「マジギレ」に、私は動揺のあまり上手く言葉が出てこない。
「連絡も無しに・・・か?」
「きゅ・・・急だったから・・・あ・・・あと二人を驚かせたかったの!」
「本当か?」
頭を両手で挟まれ、そのまま押しつぶす様に両手から圧力をかけられる。
「痛い!痛いよっ千秋!!」
「ならば本当の事を言え!お前1人、こんな遠くまで「あの」親父さんが外出を許すわけがないんだ!」
「!?」
千秋の言葉に動揺してしまった私は、見つめ合っていた目線を無意識に逸らしてしまった。
「何故目を逸らす?何か言えない事でもあるのか?」
「ち・・・違うもん。」
「親父さんは知ってんだな、お前が横浜に来てるって事。」
「し・・・知ってるよ!ちゃんと許可貰ったもん!」
「じゃあ、親父さんに確認の連絡をするがいいよな?」
「だっダメ!!」
つい反射的に口にしてしまった言葉の拙さに、私はハッと千秋の顔を見る。
そこにはニヤリと不敵な笑みを浮かべた千秋の顔があった。
「どうして「ダメ」なんだ?何か理由があるんだよな?」
さらに「頭押しつぶしの刑」に力が込められ、あまりの痛さに私は涙が出てきた。
「痛い!痛い!千秋離して!離してよう〜!!」
「もうそこまででええんちゃうん。みーちゃん痛がってるし、離してあげてな!」
あまりの痛さに私が叫びだすと、千秋の肩を引っ張りながら蓬生が止めに入った。
「蓬生は黙ってろ!お前はコイツに甘いんだよ!親父さんが知ってるか知ってないかで俺達の命運が変わってくんだぞ!」
「せやかて、みーちゃん攻めてもしかたあらへんやろ!?しかもそんな力任せに。」
「どうせ親父さんに黙って来たに違いないんや!「あの」親父さんがコイツ1人をこんな所にいく事許す訳ない!何より「俺達の所」なんぞ絶対ありえへん!!」
関東地方に来るにあたって、関西訛りを気にして標準語で話していた千秋も、感情が高ぶりついつい訛りが出てしまっていた。
どうしてここまで千秋が父存在を気にしているかと言うと、父は昔から千秋と蓬生の存在を快く思ってはおらず、その事を私の他に当人である千秋達にも口外していた。
しかもそれは言葉に留まらず、私が千秋達と遊んで帰りが遅くなったりしたらものなら二人を呼び出し、問答無用で殴り飛ばすという大人としてあるまじき行動に出るのだ。
自慢ではないが、父は空手、柔道、合気道などの格闘技に通じており、学生時代は世界大会に出場した事があるとかないとか・・・。
「殴られんは俺達なんだぞ!」
「そやな・・・殴られんのはゴメンやな。」
「そや!だからお前は今すぐに神戸へ帰れ!」
吐き捨てるように言われた千秋の言葉に、私はショックのあまりホロホロと涙がこぼれた。
「ひっ酷いよぅ・・・わっ私、千秋達しか頼れる人が居なくて・・・それで・・・助けて欲しくて・・・いっ家出して来たのに・・・!家になんか帰れないよ!!」
うわああん!と両手で顔を覆い泣き出す私。
「今・・・なんて言った?」
「みーちゃん・・・家出してきはったん?」
千秋達に見捨てられてしまったと思った私は、絶望感から隠しておかなくてはいけない重要なキーワードをあっさりと口にしてしまっていた。
「ふざけんな!家出なんか許さへん!!はよ帰れや!!!」
「うわあああん!!」
「これは・・・また・・・どないしよう。」
私達三人のどうしようもない言い争いを、蚊帳の外で見ていた菩提樹寮に住まう皆々様だったが、果ての無さに呆れ果て見かねた八木沢が仲介に入るまで延々と「帰る」「帰らない」を言い続けていた。
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