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Hello, fine days
Hello,fine days<3>

今日も日射しが強くて、直射日光が苦手な僕には宵口から落ち着いたこの時間帯が心地よい。

春から夏へ。
ひとつ、季節が変わった。まだ事務所の寮に空き部屋はなく、相変わらず茗は僕の住まいに居た。

ダイニングテーブルの末席が定位置で、食器は耐久性に優れたものが増えた。毎朝、七時半に起きる。朝食を食べた後は蜂蜜レモンを飲んで一息つく。学校は通信で決まった時間に事務所へ向かう。

仮住まいの予定だったはずなのに、すっかり彼女はこの部屋に馴染んでいる。

洗い終えた食器を乾燥機に突っ込み、溜め息をつく。

このまま、完全に居着いたらと思うと気が気でない。

結婚の為に購入した新居に寂しく一人暮らすのも苦しいけれど、未成年の少女と二人で暮らしているのもやはり問題だ。

黙認しているから向こうも何も言わないんだ。こちらからアクションを起こさない限り、僕はいいように使われるだけ。明日あたり、茗のマネージャーに連絡を取ろう。


「浩太郎さん、お話してもいいですか?」

「なんだい」


手を拭って、呼ばれた先のソファに座る。右端で膝を抱えてテレビを見ている姿も見慣れた風景のひとつになった。


「浩太郎さんは初めて会う人とお話しするのは得意ですか?」

「一応、営業をしているからね。人当たりは悪くないと思うよ」


初対面でも相手の波長を汲み取って合わせること。
僕があの時から今に至るまでに身に付けてきたものの中で一番自信があることだ。偽りに近いかもしれないが、それで双方気持ちよく事が運ぶのなら最善だと思っている。


「私も苦手じゃないんです」


そうだろう。
初めて会った時の茗は僕はさておき、メジャーなアーティストである父親にすら全く物怖じしなかった。そんな彼女が対人関係に、しかも初対面の相手に悩むとは考えにくい。


「だからかな、しばらくすると相手との距離に違和感があるんです」

「違和感?」


僕の中でどこかが小さくざわついた。


「私の感覚より相手はずっと私に近いんです。私は仕事の関係の人だと思っていても相手はそうじゃないみたいで」

「それは難しいね」


このざわつきが露見しないよう、ありきたりな返しで受け流す。女性の話は聞き役に徹していれば勝手に終わるものだ。
腹の奥底にしまったものを自覚する前にこの話を終わらせなくては――僕はまた繰り返す。


「顔も近いし、あとよく肩とか背中触られて、でも俺と君との仲なんだからいいじゃないかって言われると戸惑っちゃって……」


「え、ちょっと待って。それは誰の話をしてるの?」


聞き流そうと決めた矢先の、道徳的に聞き捨てならない発言に制止を掛ける。新しく出来た同性の友人との話だとばかり思っていたのに、その流れではまるで―――


「ダンスの先生です」

「男?」

「はい、男の人です」

「いくつ?」

「ちゃんとは訊いてないんですけど、浩太郎さんよりは年上みたいな感じです」

「レッスンってマンツーマン?」

「そういえば、最近はそうです」


見たこともない険しい僕の表情や厳しい口調に圧倒されているのか、茗は肩を強張らせて頷いている。

さっきのざわつきは一気に消え、火が着いたような憤りに息が震える。

テーブルに置いていた携帯電話を荒々しく手に取り、怒りのままに電話を掛けた。


「あの、浩太郎さん?」


ただならぬ雰囲気の僕を申し訳なさそうに窺う茗。違うんだ、君が悪い訳じゃない。大丈夫だと肩を叩いてソファに座るよう促していると、能天気な声が受話器から聞こえた。

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あきゅろす。
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