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06

あの日決意した通り、長知は七年間勤めた店をいとも簡単に辞め、雅の前から去っていった。

既に十分な資金を溜めていたにも関わらず、横山雅という存在により立ち止まっていた長知は、ようやく新しい世界へ足を踏み入れたのだ。

今までの長知は、雅と距離が近くなるほど彼から離れられなくなっていた。

そんな心地良い場所をやっとの思いで捨てることが出来たのは、二人が同じ夢を抱いていると知ったからこそだった。

正直、雅から離れることは想像するだけでも辛いものだ。

それでも今こそ、本当の意味で彼から離れるべきだと考えた。

対等の立場で、好きな人と夢を語れる人間に生まれ変わる為には、強い決心が必要だった。


こういう心情で店を辞めた長春は、経営の力になってくれる仲間集めを本格的に行った。

とは言え、七年間も夜の世界で過ごしてきた長春には、協力者も友人も沢山居る上に、店を構える場所の目星も大方ついている。

長知は決して時間を無駄にせずに行動を続けた。





「若葉ちゃん…ううん、撫子さん、おめでとう。」

「…ありがとう、美里さんっ…。」

「ちょっと泣かないで!せっかくの化粧が落ちるわよ!」

長年の夢が叶った頃には、長知は28歳となっていた。

ようやく理想の場所が目の前に形としてそびえ立っていた。

「美里さんの顔よりマシです…。」

「ぁン?一回シバくぞ撫子。」

美里と呼ばれた彼は、長知と同じ同性愛者である友人であった。

ホストではなく、女装家としての長知と長く付き合ってきた数少ない人物である。

「撫子って呼ばれるの変な感じ。」

「でも撫子でしょ?理想の名前、ようやく名乗れるわね。」

長知はこの日、梓川長知、大和若葉という二つの名を捨てた。

大和若葉はあくまでも、撫子に辿り着くまでの仮の居場所だった。

『大和撫子』『撫子の若葉の色』どちらも撫子という言葉から連想された名である。

本心ではずっと、もう10年もの間『撫子』という名に思いを馳せてきた。

この理想の名をようやく自分のものにしたのだ。

長知は店の看板に書かれた『NADESHIKO』という文字を嬉しそうに見つめた。




『NADESHIKO』の開店祝いには沢山の来客があった。

この約二年で関わってきてくれた人は勿論、女装家撫子の友人や若葉時代の知り合いもきた。

ただ、どうしても雅だけは呼べなかった。

あれから雅との縁を絶ちきる為に携帯を変え、家を変え、徹底的にあらゆる可能性を排除した。

そして二年が経ち、とうとう自身の夢を叶えたが、本当の自分をさらけ出すまでには至らなかった。

若葉時代の僅かな幸福を夢物語のままに、永遠のものにしたい。

そんな思いを密かに抱えたまま、撫子としての歩みを始めた長知は、新しい仲間達と共に今の幸せに浸っていた。





「あ〜、疲れた。大盛況ね、これがこれからも続くと良いけど。」

「まだまだこれからでしょ?さてと、美里さんには明日も頑張って貰わないといけないし…今日は休んでもらいましょうか。後は私が片付けますから。」

「もう、アナタこそ休まないと!撫子は“女将さん”なんだからぁ。」

「う〜!良い響き〜!女将さんって素敵〜。」

「ねぇ〜っ!」

開店祝いの片付けも大方終わり、撫子と美里の二人だけとなった店内。

二人はどこか夢見心地な気分で和気あいあいと盛り上がっていた。

今日という特別な日の余韻に浸る中、店の扉が勢い良く開く。

余りにも物騒な開け方に、騒いでいた二人の身体はビクリと大袈裟に反応した。




あきゅろす。
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