02
「ご指名ありがとうございます。大和若葉(やまとわかば)です。」
「若葉君〜!会いたかった〜!」
「僕もです。会いに来てくれて嬉しいな。」
「きゃ〜!!」
高校を中退してからの長知は、親と絶縁状態となり、ホストクラブで働いていた。
何故ホストクラブなのかと言うと、女装の道で食べていく前に資金集めをしたかったのだ。
源氏名には『大和撫子』より大和と、『撫子の若葉の色』という言葉より若葉を頂き大和若葉とつけた。
ホストクラブの従業員には奇抜な名前が多い中、若葉という柔らかい印象のある名前と、名前負けをしていない長知の人柄は大いに受け、あっという間に上位争いの仲間入りを果たしていた。
「今日から入った横山君です。指導係は…若葉君に頼もうかな。彼と若葉君同い年だし。」
運命の再会とは正にこのことだろう。
長知の職場に、大学を卒業したばかりの雅が働きにきた。
長知は一目見て雅だと分かったが、向こうは若葉が長知だとは気付いていないらしい。
顔色一つ変えずに長知に頭を下げた。
「どうも、宜しくお願いします。」
「…よろしくね。」
長知はホストを初めてからというものの、金に近い茶髪に伊達眼鏡をかけ、以前とは比べ物にならないくらい別人となっていた。
近くで顔を合わせた尚も気づく様子のない雅に、焦ると同時に安心感も覚えていた。
「若葉さんって同い年だし呼び捨てでもオッケー?」
「うん…好きなようにどうぞ。」
「じゃあ若葉な。若葉って良い名前。」
「ありがと…。」
「んでさぁ、俺の源氏名全然決まらねーの。若葉はどうやって決めた?」
「僕は…まぁ、普通に好きな言葉かな?」
「好きな言葉ねぇ…芸術は爆発だ……ねぇわ!爆発太郎とか客とれねぇだろ!」
自分で言って自分で笑う雅に、相変わらずだなぁと若葉は控えめに笑った。
「あ…若葉、やっぱり綺麗。」
「え…?」
「中性的っていうか…素材が良いっていうか…?人気あるの分かるわ〜。」
いつだって真っ直ぐで素直な雅の言葉に、長知の胸はトキメキを覚えた。
もう諦めた恋、やり直したいと願っても叶うことのない関係だった。
なのに長知が“男”であるだけでこんなにも真っ直ぐに自分を見つめてくれる。
長知は例えそれが本当の自分でなくとも、嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。
過去の恋が、全ての過ちがようやく許され、神様が幸福を与えてくれたのだと思った。
「若葉…若葉、どうした?」
「え…ううん…。嬉しくて、ありがとう。それより源氏名だよね。芸術は爆発だ、よりも気になる単語とか名前はある?」
「単語、名前か…。何も思いつかんな…。何なら若葉が決めてくれよ。」
「え?僕が!?」
雅からの要求に長知は焦りながらも考え始めた。
そしてある考えが頭に浮かび、緊張で心臓は高鳴り、口の中はからからになった。
怖いもの見たさと言うものかもしれない。
長知の中で駄目だと結論が出ていながらも、理性という命令が届かずに口はどんどん開いていった。
「僕の名前の候補に上がったものがある。」
とうとう長知はその名を口にしてしまった。
「梓。」
「…あずさ?」
「そう、植物に関係した名前が良くてね。梓も候補にあったんだ。結局若葉にしたけどね。」
長知は全くの嘘を、あたかも事実のようにつらつらと言い並べた。
ふって湧いたように出る嘘に、長知自身が呆れ、感心し、後は流されるように口を開く。
何故『梓』なのか…。
それは長知が捨てた本名、梓川長知の苗字からとったものである。
この大きなヒントに雅が気付くか気付かないかは大きな賭けで、長知のドキドキは止まりそうになかった。
「へぇ、良い名前じゃん。貰おっかな。」
「本当?もし横山君が人気者になったら僕のお陰だね。」
「ハハ!すぐ追い越してやるよ!若葉より梓にしてた方が良かったって絶対後悔するぜ?」
「頼もしいなぁ、“梓君”は…。」
最後まで気付かない雅に、長知は段落したようなホッとしたような…どっちに転んでも微妙になる複雑な気持ちを抱いていていた。
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