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【朧月】


 躰のバランスを失い、ベシャッと顔面から勢いよく転んだ。

「そんな躰で一人で帰るなんて無理だ…!」

 心配して、躰を支えようと手を差し延べる大佐を寝っ転んだまま腕をブンブン動かして振り払い、

「オレに構うなっ───!!」

 可能な限りの大声で叫んだ。
 それは祈りにも近く……。

 ……辛いんだよ…。あんたにカラダだけ求められんのも……、その度、愛されていないと思い知らされるのも………!
 もう──…嫌なんだよっ!!

「頼むからっ……!! もう、放っといてくれよっ!!」

 到頭オレは泥が付くのも構わず、顔を突っ伏し鳴咽を堪え泣き出した。

 何処まで醜態を晒せば気が済むのか……。カッコワリィー‥。


 側で大佐の靴底が地面と擦れ合う音がした。
 そうだ……、早くオレの前から消えてくれ‥‥!

「仕方がないな…」

 溜め息と共に、一言そう呟いた。

「こんな所にいつまでも寝っ転がっていると風邪を引く。…早く帰りたまえよ。」

 頭の上から、何事も無かったような…そんな温かみの欠片もない言葉を聞いた。
 拳を握り絞め、殴りたい衝動を必死に抑え込む。

 大佐を殴りつけても何も変わらない。


 何も‥‥


 癒されない‥───



 痛い




 ココロが………痛い










「‥くしょ‥…ぅ」

 なにが悔しい?
 自ら望んだ事じゃないか?


 ‥‥オレが あの時‥‥














 この関係が始まったきっかけなんて思えば酷く他愛のない事だった。

 あの日。

 司令部を訪れていたオレは誰もいない資料室で調べ物をしていた。
 突然、扉が開くと誰かが入って来て。本棚の陰で資料を読んでいたオレに気付かずその人物は荒く息を始めた。

 ソレが何を意味するのか察知したオレは息を殺した。

 本棚の隙間から女と男が衣服を乱し絡まり合う姿。非常識な人物達の顔はうまい具合いに本棚の陰となり此方からは確認出来ない。

 先に居たオレに気付かず二人は貪る様に求めあい。オレは行為が終わるのを耳を塞ぎ自分の存在に気付かれぬ様身を潜めるしか無かった。

「や‥あんっ!!」

 女の声が一際大きくなり思わず目を見張る。

 その瞬間。オレの目に飛込んだ姿に無意識に声を漏らしてしまった。

「大佐…?」


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