878.雨の向こう側で
5
あまりに予想外な答えに、思わず頬が引き攣る。厄介な事に首を突っ込んでしまった気がする。
「ご両親はいるのかい?」
どうかいると言ってくれ。
そうしたらこの子を送り届ければ良い。それだけの話だ。
「……母さん……は……」
ゴクリと咽を鳴らしゆっくりと話す少年の答えを、待つ。
「……死んじゃった……」
「亡くなったって……、それじゃあ、君はストリートボーイなのか?」
思わず荒いだ声を出してしまい、右手で口を塞ぐ。
「ストリートボーイ??」
少年は言葉の意味が理解出来ないらしく、首を傾げた。
「……」
不安そうに見つめられ、コホンとひとつ咳払いをすると、平静を装い質問を変える。
「名前は?」
一度、瞳を揺らめかせ迷う様な仕草をする。
「……エドワード」
「ファミリーネームは?」
そう尋ねると、エドワードは黙って俯いてしまった。
下に流れた髪から、ぽたぽたと雫が滴る。
どのくらいここに居たのだろうか?
エドワードの全身は、水から上がって来たかの様に濡れている事に今更ながら気付く。
所々泥やなにかで汚れた、白だったであろう薄手のシャツは濡れて、エドワードの白い肌が透けていた。
こんな薄着で、こんな所に雨に打たれ、ずっと独り、蹲っていたのか?
暫し考えた末、俯いたままの少年に声を掛けた。
「そんな格好でこんな所に居たら風邪を引く。
取り敢えず、……家に来るか?」
はっと顔を上げたエドワードは、驚愕したと言わんばかりに目を見開いた。
君は……、いつからここに居て、いったい何を感じたんだ?
戦慄く体を必死で隠す様に、自分の肩を抱く。
幼い、少年。
独りで生きるには、"ソコ"は、どんなんだ?
君は、何を怯えているんだ?
何を恐れている?
「嫌なら来なくても良い。
――君が、自分で選ぶんだ」
小さな子供に選択を預けた私は、残酷だろうか―――?
エドワードに手を伸ばすと、戸惑いながら小さな手を重ねる。
―――触れた手を握った途端、金の瞳から、涙が溢れた。
――あの日 君は何を想い 泣いたのだろう?
私には 解らないんだ――
……エド――……
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