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長編ホラー
失ったモノ
……グス…うっ……ひっく…
一体…何を信じたら良い…?…分かんない…よ…


暗い視界の中で誰かが声を押し殺しながら泣いている。その空間に声だけが響き渡っていた。


ねぇ誰が泣いてるの?どうして泣いてるの?教えてよ。

*****

「…ん」


眠りから目覚めたときの独特の気だるさが夜風を襲う。
ゆっくり目を開くと、涙で視界が歪んでいた。


あぁ。光に背を向けて独りで泣いていたのは私だったのか…。
よく分からないけど、心に穴が開いてる気分だ。どうしようもなく悲しくて、涙が溢れそうになる。
信じるものが分からない…か。あれはきっと私の気持ちなんだろう。


「幸村、意識が戻ったぜよ」


夜風の耳に聞き覚えのない声が届く。だが、にじむ視界では鮮やかな銀色しか認識できなかった。
取り敢えず涙を拭って体を起こす。


「…ッ!?」


ありえない事実に声が詰まる。目の前にいるのは、間違いなく『仁王雅治』だ。
彼は漫画の中の登場人物であって、目の前にいるわけがない。
仁王だけじゃない。周りを見渡せば立海レギュラー陣が勢ぞろいしていた。


待って…?
8人全員そろっている。夢…?
自分の頬をつねってみよう。……痛い。
夢じゃないなら間違いない。ここは『テニスの王子様』だ。
…それよりここはどこ?


『テニスの王子様』のファンなら喜んだかもしれない。
でも夜風の中には驚きと戸惑いと悲しい感情が渦巻いている。
夜風の困惑した顔を見て幸村が謝る。


「ごめん。知らない男がたくさんいたら驚くよね」
「いえ、あのここ……?」
「君に鞄にあった鍵だから君に家だと思うんだけど…違った…?」


ここが私の家だって…?


もう一度見渡すがやはり見覚えはない。家の造りからしてアパートだろう。そもそも夜風の家はアパートではなく一軒家だ。どう考えても夜風の家ではない。


ここは私の家な訳がない。
でもこの家を知っているような気がする自分がいるのも確か。
嘘をついているんだろうか…。
…この人達の性格は知っているつもりだけど、だからこそ信じられない。
ペテン師も参謀も本当は魔王の人もいるんだから…


「あっ!幸村君、俺思い出したぜ。確か俺らのクラスに来る転校生が来てないって」
「そういえば担任がそんなことを言っとたのう」
「先輩!!なんでもっと早く思い出さないんスか〜」
「あそこに立海の案内があるから思い出したんだって」
「正直関係ないッスよねそれ」
ちょっと静かにしてくれない?俺が話してるんだけど
「ご、ごめん…」


幸村に怒られたブン太と赤也はすっかり小さくなっている。仁王は全くこたえていないようだ。
今度は優しく夜風に話しかける。


「ここは君に家じゃないの?」
「多分そうだよ」
「多分とはなんだ。自分の家も分からんのか」


そんなこと言われても…確信がないのだから、分からないものは分からない。
どうなっているのか聞きたいのは私の方だ。


真田だまりなよ。君は道路に倒れてたんだけど、覚えてる?」
「……」
「ん。ちょっと待って…」


幸村の質問に自分の行動を思い出す。
今日部活があるからと学校に行って……それからどうしたっけ?
どうしてもその後の記憶がない。きっと大事なことなのに思い出せない。


「私は、部活に行こうと思って学校に向かったけどそれは立海じゃないし、倒れた覚えもない…」
「ふむ。記憶が飛んでいるのか…」
「記憶喪失ってことッスか?ほんとにあるんッスね〜」
「あのさ、別に病院とか連れてかなくていいからね。これ以上迷惑かけられないし」


もし私がこの世界に『トリップ』というものをしたのなら、どうやったって立海に通う経緯など思い出せないはずだ。


「じゃあ俺達は自己紹介したら帰るよ。俺はテニス部部長で3年幸村精市」
「副部長の真田弦一郎だ」
「俺は丸井ブン太。シクヨロ」
「色々すまねぇな。俺はジャッカル桑原」
「柳生比呂士と言います。本当に申し訳ありません」
「仁王雅治ぜよ。お前さんこれから大変じゃのう。幸村に気に入られて」
「それマジっすか?あ、俺切原赤也ッス。よろしく先輩」
「柳蓮二だ。いいデータが取れそうだな。よろしく頼む」


私は今さっき迷惑はかけられないといったはずだ。つまりそれはこれ以上関わらなくていいってことなのに…。
なんでよろしくなのよ。これからも関わる気満々じゃない。
この人達にとって私と関わるメリットなんかないはずだ。どうして親切にしてくれる…?
あれ?それとも言ってなかったかな


「言ってたけど、だって迷惑かけられないは関わるなにはならないよね」
「!!」


心を読まれた……!やっぱりこの人は魔王に違いない。


「言っとくけど君も普通じゃないよ。こうして僕達と話せるんだから」
「……?」
「部長の言う通りッスよ。こんなに普通に話す女会ったことないッスもん」
「そんなことないでしょ。私は責任感が少し強いくらいだよ?」
「お前は俺らの普段を見てないから言えんだよ」
「そうそう、学校に慣れたらマネージャーやって欲しいんだ。だから仲良くするのは当然だよ」
「「…え…?」」


幸村君の爆弾発言に口が開きっぱなしになっているのは、私だけじゃない。幸村君と仁王君以外のみんなだ。真田君ですら驚いている。柳君は口こそ開いてないものの、いつもは閉じたように見える目が開眼している。正直怖い。


「……ぁ」


一番最初に復活した夜風が声を絞り出す。


「わ、私も自己紹介しないと。月村夜風です」
「お前さんの返すぜよ」


仁王から渡されたのは立海の生徒手帳だ。


……え?私のだって?


「まさか見たの…?自己紹介する意味ないじゃん…恥かしい……!」


自分で赤くなるのが分かる。
だから、柳生君と桑原君は謝ってたのか…?
どうせなら私が自己紹介する前に言ってくれれば良かったのに…!!


「諦めんしゃい」


それはマネージャーとして働けということか…。
彼らが求める人材は効率的に仕事をこなす人だろう。


「仕事うまくこなせないかもよ?だって私不器用だから」
「頑張る姿勢があれば大丈夫ですよ」
「君らからみたら呆れるレベルかも…」
「お前はさ、俺らのこと外見だけで判断するか?」
「……え?まさか。外見だけ良くても性格悪かったらダメじゃん」


夜風の不安は空気を読んだ柳生とジャッカルがフォローを入れる。
一見何の関係もないジャッカルの質問の答えは幸村の考えに良い顔をしていないレギュラーすら納得させるものだった。
彼らは仕事は出来るにこしたことはないが、それ以前に自分達の中身を見てくれる人を探していた。外見に寄ってくる連中にはもううんざりしていた。
夜風はその点文句なしの合格だった。
レギュラー陣に囲まれても平然と受け答えし、外見だけ良くてもダメだと言ってくれたのだから。


「だから合格なんだよ。さぁもう帰ろうか」
「謎が増えただけなんだけど…」
「…夜風!また明日教室で会おうぜぃ」
「う、うん」


それぞれ一言挨拶してからみんな帰って行った。
少し狭いように見えた部屋も、改めて見れば随分広く感じた。
夜風は机に置いてある案内に手を伸ばす。その横には置手紙のようなものがあった。
どうやら生活に困ることはなさそうだ。必要なものは全てそろっている。


思ったより、馴染めているのは気のせいじゃないと思う。
彼らといれば、なくしたものが少しは分かるかもしれない


こうして立海での生活は始まった。


前置き長いですよね。だけど見捨てないで…!
一人称視点と三人称視点がごっちゃで理解しにくいにも大目に見てください。
頑張りますから!!
5/7 更新

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