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02
しばらくの格闘の末、ようやく陽炎から解放された信長は、乱れた湯帷子を軽く整えた。
こちらは必死でもがいて息も切れ切れなのに対して、陽炎の方はけろりとしていた。
そこで信長は気付いた。

俺の気を紛らわせようと、わざと盛ったように見せかけたな。

おかげで、沈んでいた気持ちが少し浮上したのが自分でわかった。

「陽炎には敵わんな」

「ん?……なんだ、もう気付いたのか」

特に残念そうには見えないが、陽炎は眉尻を下げた。

「で?今度は誰が裏切った?」

「……勘十郎だ。勝家が知らせてくれた」

名前を聞いても、陽炎は眉ひとつ動かさなかった。
まるでこうなることを、あらかじめ予測していたかのようだった。

「……はん、性懲りもなく謀反とは。弟くんの周りにはろくな奴が居ないな。その証拠に、柴田が密告してくれてんじゃねぇか」

「かも知れんが、現に未だに勘十郎に家督をと押す声は根強いからな。まあ、今回密告してきた勝家は俺の側に付くだろうが、それ以外の家臣はどうでるか……」

「なーに言ってんだよっ!お前には摩利支天である、この陽炎が付いてんだぜ!!」

「…………」

自信満々に自身を指差し、豪語する陽炎を、信長はあからさまに不信の目を向けてしまう。

「な、なんだよ……?」

これは陽炎自身も言っていたことだが、結構ふらふらと、色々な土地を気ままに回っているらしいこの男は、常に一緒にいるわけではない。
由って、今この場に陽炎がいたとしても、その時に居るとは限らないのだ。

まあ、この男が軍神らしく、離れていても守護してくれるなら兎も角。陽炎曰く、離れている間はその守護対象ではないと言っていた筈だ。
まあ、何かある度に側に居るということは、今回もその例外ではないのかも知れない。

「……なあ陽炎。前々から聞きたかったことがある」

「ん?」

「一体、俺の何が気に入って守護してるんだ?」

「今さら、それ聞くかよ?」

呆れたように呟き、陽炎は頭を掻いた。

「ああ。聞いたことがないなと思ってな」

「ふむ…………」

今度は顎を撫でながら、信長の顔をじっと眺め始めた。

陽炎は一応は軍神の一人なのだ。
そんな男が何の理由もなく、自分を守護するわけがない。
それとも、本当に理由はないのだろうか。
神による気まぐれなのかもしれない。

「理由はいくつかある」

ようやく口を開いた陽炎の言葉に、あ、理由はあったのか、と思った。

「それ、今考えた訳じゃないよな?」

信長の言葉に、今度は陽炎が目を丸くした。
でもそれは直ぐにニヤついた笑顔に変わる。

「まあ、後から増えた理由もあるが、基本的には俺様がお前を気に入ったってことだ。生まれたときのお前は利かん気が強くて呆れるほどの癇癪持ちだった。それが年を重ねるごとに成りを潜めていったわけだが……。今のお前は繊細で傷つきやすく脆い。でも、一度こうと決めたら梃子でも動かない強さも併せ持っている。端的に言えば、信長。お前は面白そうだ」

褒められたのか貶されたのか良く分からない言い回しに、信長は複雑な思いを抱いた。

「面白そうって……」

「そうだ。危うい性分だが、そんなお前がどんな生涯を生き、どこまで登り詰めるのか見届けてやる」

まっすぐな眼差しに見据えられ、信長はいつになく真剣な陽炎の瞳を見つめ返した。

「今回の弟くんの反旗も、お前がどう切り抜けるのか楽しみだ」

からっとした笑顔を浮かべる陽炎は、どうやら今回も高見の見物を決め込むようだ。

というか。
こいつの言う守護ってのは、いつもいつも、ただ単に側で見守っているだけのような気がする。
それとも、気づいてないだけで、所謂、摩利支天の加護というやつは発揮されているのだろうか?

「……で?増えたっていう理由はなんだ?」

「聞きたいか?」

いきなり厭らしく笑い始めた陽炎に、信長は嫌な予感しかしない。
聞きたくないと言えば嘘になるが、こんなにニヤケた顔のときは、ろくな答えでないだろうと言うのは、容易く想像できる。

「き、聞きたくないっ!」

「なんだよ。聞きてえっつったのはお前だろが」

厭らしい笑顔を張り付けたまま、陽炎がにじり寄ってくるのを、信長は後退することで避けたつもりだった。

が、つもりはつもりだった。

「っわ!」

伸びてきた陽炎の手に腕を取られたかと思うと、そのまま床に押し倒されてしまった。

頭を打ち付けないようにと、後頭部に回された腕すらも憎らしい。完全に馬乗り状態で、陽炎は自分の唇をペロリと舐める。
そんな陽炎を下から睨んでみるものの、効果は全くない。
逆にニヤケ顔がさらに深まってしまっている。

「信長。お前本当に美味しそう」


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あきゅろす。
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