紅と麦の物語



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十二国記小説
プロポーズ大作戦その弐〜秋〜

「主・・・あ〜、陽子?
これだけでいいのだろうか?」

腕いっぱいに甘味やら不思議な形の物体やらを抱え、
浩瀚は隣で目を輝かせている少女を窺った。

「まだだぞ浩瀚!
お!あの剣ってこの前桓タイが言ってたものに似ている。」

そう言うと駆けだす陽子を制止することもできず、浩瀚は慌てて追いかけた。

腕の中の荷物が地味に重いのには目をつむって・・・

そもそもの発端は数時間前のやりとりにさかのぼる・・・





小さな唸り声が聞える。

そして男のため息交じりの声も。


少女が男を見上げ、もう一度唸る。

「主上、お願いですから機嫌を直してくださいませ。」

困り果てた顔で言う浩瀚に、ふいと顔を背け、
陽子はすっかり拗ねた態度をとった。

「ずっと前から言っていたのに行けなかった。
全部お前のせいだ。」

「ええ、確かに私に非はございます。
ですが仕方ないでしょう?
あの書物は・・・あの書物だけは何としてでも手に入れなければならなかったものなのですから。
そもそもあれは初代海客が執筆したとされるたった一つの書物なのです。
私が長年探し求めていた書物なのですから・・・その・・・」
珍しく小さくなる声音に、浩瀚もそれなりに悪いと思っていることがうかがえる。

許してください。

言外にそう言われてはいるものの、陽子はとうてい許す気にはなれなかった。

何故かと言うと、年に数回あるかないかの浩瀚とのお出かけをすっぽかされたのだから。

「誰が許すか。
それ相応の報いを受けてもらう。
ほしいもの全部買ってもらうんだからな。
無論国の金じゃない。お前のポケットマネーからだ!」


「なんなりとおおせくださいませ。」

深々と頭を下げられて、まずはその態度から矯正してやると心の深く誓った。


「よし!
買い物に付き合え!
いつ行くのかだと?今でしょっ!」

水寓刀に映し出された蓬莱の幻想で習得した今ナウい言葉を使い、
ビシリと浩瀚に指を突き付け言い放つ陽子に浩瀚は呆然とした。



そうして今に至る。

最初は武器の骨董品通りに行きたいという陽子に眉をひそめた。

陽子が年頃の娘の姿なだけに、武器などに興味を抱くというのは浩瀚のような長く生きた男にはどこか不思議な心地がしたのだ。

それでもさらりと承知して慶国きっての骨董品店がずらりと並ぶ市街へやってきた。

その道すがら老舗の菓子屋で大量に饅頭を買いこみ、
その隣に佇むこれまた老舗の惣菜屋で塩っ辛い物を買い込み、
そしてそのまた隣に構えるこれは最近できた蓬莱風洋菓子店で
一番人気のパンを買うものだからたまらない。

それらすべてを浩瀚に押し付け、悠々と街を闊歩する陽子は実に楽しそうだ。

それが何よりの救いだと思っていたが、ふいに浩瀚に顔を向け言い放たれた言葉にはさすがに絶句した。

「それと、罰として敬語を禁ずる。」

「は?
お断りいたします。」

「お前に断る権利はない。
今日にかんしては特にな。
なんなら勅命にしてやっても良い。」
「なぜ、そのような事にこだわるのです?」

その言葉に一瞬目をそらす陽子。
心なしか頬が赤い。
それを不思議そうに見つめる浩瀚に陽子は答えた。

「今くらいお前だけと過ごしたい・・・というのかな。
よく分からない。
ただ、嫌なんだ。
特に浩瀚に敬語使われたりすると、すごく寂しくなるんだ。」

それはもしかして・・・
浩瀚はごくりと生唾を飲んだ。

喉仏が大きく動いたはずだが、陽子は目をそらしているため気が付いていない。

「ほら、早くいくぞ。」

ぞんざいに言い放たれ、再び歩き出す陽子についていく。


言われたことを反芻するも、やはり陽子は主で無礼な態度は良くないという結論に至る。

「浩瀚。」
「はい。」

反射的に答え、しまったと思う。
陽子が不機嫌そうに睨み付けているからだ。

「ペナルティ付にするか。
敬語で話すたびに明日から二人きりで過ごす時は敬語なしになる。
一回やるたびに一日。
二回だと二日だ!」

どうだとばかりに胸をそらされ、さすがにそれは嫌だと答えた。

「ならば今日はちゃんと言うこと聞けよ。」

これが案外難しかった。

慶が豊かになり、このように二人きりで過ごす余裕ができるまで、
浩瀚が陽子にそのような口調で話すことはなかったからだ。

習慣づけられたものを変えるのは、いかに有能な浩瀚であれ困難だった。

「主上。
やはり、今までの通りで話してもよろしいか?」

陽もすっかり暮れかけ、甘味処で休みながら話す。

「寂しいとおっしゃってくださったのは、私にとってとても嬉しいことです。
ですが、私はやはり貴女には敬意を持って接したい。
貴女は大切な主上であり、私にとって、愛しい・・・」

大きく目を見開いて見つめる陽子に浩瀚は口をつぐんだ。

これ以上はだめだ。
言ってはいけない。

その気持ちが浩瀚を止めた。

「なんだよ。
はっきり言えよ。」

どことなく懇願に近い物言いに浩瀚は穴が開くほど陽子を見る。

「私は、貴女の臣下でいたかった。
共に国を建て直し、貴女と歩むことが誇りだった。
だから、これからもずっと近くで見守っていきたかったのに。
私は欲深いようです。」

うっすらとほほ笑む浩瀚の瞳はどこか切なげだ。

ひぐらしが鳴く声が聞こえる。
それを合図のように、帰りましょうかと腰を上げる浩瀚の腕を掴む。

「ちゃんと言え。
私は、まだ聞いてない。
ちゃんとお前の心を聞きたい。」

「好きですよ、貴女のことが。」

先ほどのためらいは何だったのかというほどさらりと答える浩瀚に陽子は怪訝な表情をした。

「ただ、貴女の全てを私のものにするわけにはいかないでしょう?」

その言葉にかっと体が熱くなる。

それは恥ずかしさと怒りがないまぜになった熱さだった。

「なんだよそれ!
勝手すぎるんじゃないのか?
結局お前一人で悩んで一人でため込んでるじゃないか。
何も解決になってない!」

「しかし本当のことです。
現実問題貴女を妻にしたくてもできない。」

その言葉にカッと頭に血が上った陽子は、勢い任せに叫んだ。

「すればいいだろうが!こんの馬鹿!」

ぜいぜいと肩で息をし、陽子は自分が言ってしまった言葉に音がでるほど顔を赤くした。

しかし言ってしまったことを今更否定もできず、
とにかく怒りに任せてぶちまけることにした。

「だいたいそれなら私の気持ちはどうなるんだ。
お前に好きだと言われた私はどうすればいい?
私は・・・ずっとその言葉が聞きたかったんだぞ!
私から言ったらパワハラになるかもしれないだろ!?
好きで何が悪いんだ!」


涙目で訴えられ、浩瀚はあっけにとられた。

そして恐る恐るその尋ねた。

「結婚・・・してくださるのですか?」

「いつするのかなんて聞くな!
今だ!ここでだ!」

早急な陽子の言葉に浩瀚は両腕に抱えた荷物を下ろした。

そうして両手でその小さな手を握り、じっと瞳を除きこんだ。

その真剣な眼差しに陽子は体中が心臓にでもなったかのような錯覚に陥った。


「私はけっこう独占欲が強いですよ?」

「心得ている。」

何の迷いのない返答にもう一度ほほ笑む。

迷っていたことがおかしいほどさっぱりとした気持ちだった。

「このような所で婚儀を済ませようとは・・・
本当に貴女は破天荒な性格であらせられる。
あきれてものも言えませんよ。
ですが、それがまた良いというものです。」

伏し目がちに話す浩瀚をじっと見据え、陽子は意を決したようにその頬を両手で触れた。

静かな静かな世界で、二人の影は静かに重なり合った。




[あとがき]
なんかめっちゃ恥ずかしいんだな〜 管理人




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